第5章 運命の歯車
少女の瞳をじっと見つめる。
その瞳はひとつも揺らがず、曇りもない。
彼女の曇りなき眼(まなこ)に、私には彼女の言葉が真実に思えた。
「──承知した」
私の言葉に、少女の顔に安堵の色が広がった。
しかし、少女の言葉通り、列車が高架から落下してくるのだとすれば、その被害を防ぐ手立てを講じるには時間が無さすぎる。
今から警察に連絡をとったところで、このあたりを封鎖するのにどれほどの時間を要することか。
被害を最小限に防ぐには、列車を止めるしかない。
そこまで考えたところで、トンネルの向こうから耳をつんざくようなけたたましい金属音が響き始めた。
「っ、間にあわない……!!」
少女の顔が絶望に染まる。
そして胸の前で固く手を握りしめて、彼女は祈るように目をつぶった。
カーブを曲がり切れず、高架から外れた列車が、高架下の私達のいる場所へと落ちてくる。
一瞬たりとも、迷っている暇などない。
「ブレングリード流血闘術 39式──血禊防壁陣(ケイルバリケイド)」
術式を唱え、血で作った十字架を無数に出現させる。
落下してきた列車をその十字架で受け止め、少しでも怪我人が出ないように注力した。
それでも落下の衝撃で、コンクリートの欠片や列車の破片は飛び散り、落下した箇所にいた車は破損し、被害をゼロには出来なかった。
「神の御業だわ……」
振り返ると先ほどの少女が、十字架に支えられた列車と私を交互に見ていた。
まるで奇跡を目撃したとでも言わんばかりの表情で見つめられ、あまりにも真っ直ぐなその瞳に少し気恥しさを覚えるほどだった。
「お怪我はありませんか」
「ええ、ありがとうございます。大丈夫です……っ、ミスタ・クラウス」
「?」
「怪我をなさって──」
飛んできた破片で額と右の上腕を切っていた。
少女に言われ自分が怪我を負っていることに気づく。
「大した怪我ではありません──レディ、何を」
私にとっては、日常茶飯な怪我の範疇だった。
しかし彼女にとってはそうではなかったのだろう。
少女は自分のスカートの裾を引きちぎり、私の右腕に巻きだした。
そしてまた裾をちぎっては、私の顔に流れる血の跡をそっと拭き取る。
「…ありがとう」
「いえ……」
少女の優しさに、胸が温かくなる思いだった。
しかしその余韻に浸る間はなかった。