第5章 運命の歯車
──私にも、兄のような力があれば。
瞬間、そう思ってしまった。
だけど、ないものをねだったとしても、状況は変わることはない。
私に少しでも出来ること。
少しでも被害を抑えるために、出来ること。
「高架から離れて!! この場からとにかく離れて!!」
大声で、道行く人に叫ぶ。
通り過ぎる人々は、一瞬何事かとこちらを見るものの、その反応は駅員や警察官と同じようなものだった。
奇異の目で通り過ぎる人々に、それでも私は叫び続けた。
どうか1人でも多くの人が悲劇から免れますように。
祈るように叫んだ言葉は、誰かの心に届いたのか定かではなかった。
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─クラウスside─
その日は、ちょうど事務所の近くのドーナツ屋に立ち寄っていたところだった。
事務所に詰めているだろうレオナルド君達の分のドーナツを購入し、店から出ると、あちこちに向かって大声で叫んでいる少女が目の前を通り過ぎて行った。
「この場から離れて!! 出来るだけ遠くへ!!」
少女は必死に叫んでいる。
しかし、道行く者は怪訝な顔で少女を一瞥するだけで、彼女の言葉を真剣に受け止めようとする者はいなかった。
少女が何故、そんな言葉を叫んでいるのか理由は全く分からない。
けれど、その悲痛な叫びは、私の胸を打つのに十分すぎるほど、彼女の真剣な思いが込められていた。
気付けば私は、避難を呼びかける少女の手を掴んでいた。
急に手をつかまれた少女は驚いた表情で振り返った。
「失礼、レディ」
「ミスタ…クラウス……」
振り返った少女に名を呼ばれ、一瞬驚いた。
しかしすぐに、先日起きた騒ぎで助けた少女だと気付いた。
あの時、スティーブンが呼んだ私の名を、覚えていたのだろう。
「っ、ミスタ・クラウス! どうかお力をお貸しください!!」
「落ち着き給え。一体どうしたというのかね」
説明を求める私に、少女は焦れた表情を見せた。
詳しく話す時間が惜しいのか、少女は早口で捲し立てる。
「このあたりの人達を避難させて!! あのトンネルから出てきた列車が、ここに落ちてきます!!」
随分と突飛な話だった。
しかしこの街では何が起きてもおかしくはない。
少女には予知能力でもあるのかもしれない。
それともそのような妄想に取りつかれているのか。