第5章 運命の歯車
被害を出来うる限り押しとどめたとはいえ、瓦礫に埋もれた車や人の姿があちこちに見られる。
救急隊が現場に到着するにも時間がかかるだろう。
助けられる命は、少しでも助けなければならない。
「手当てをありがとう。私にはまだやらねばならない事があるので、これで失礼する。君も安全な場所に避難を。…それと、これを」
胸元のポケットから、1枚の名刺を取り出して裏に連絡先を記し、少女に手渡した。
「服の弁償をさせていただきたい。落ち着いたらここに連絡を入れてもらえるだろうか。君の都合の良い時で構わない」
言って少女の返事を待たずに、私は救助を待つ人の元へと駆け出した。
この時、少女が何故この事故を予見出来たのか、きちんと聞いておくべきだったのかもしれない。
しかしその時の私は、目の前で血を流す人々を助けることしか頭になかったのである。
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―アメリアside―
事故は起きてしまった。
けれど、ミスタ・クラウスのおかげで、被害はずいぶんと小さなものになったと思う。
私の目の前で、ミスタ・クラウスの手から放たれた真っ赤な十字架。
以前目にした、あの魔法のような力に、私は彼を神の化身だと思わずにいられなかった。
私に連絡先をくださったあと、ミスタ・クラウスは人命救助へと向かわれた。
さっきまで私の言葉を信じていなかった警察の人達も、いまは必死で瓦礫に埋もれた人々を助けようとしていた。
騒ぎを聞きつけて、空には報道ヘリが飛び始め、あちこちからサイレンの音が聞こえてくる。
「…あの子よ、さっき騒いでいた子」
「じゃあもしかしてこの事故を」
サイレンの音に混じって、私の事を話す声が聞こえる。
そちらに目を向けると、私の事を話していた女性たちの双眸が怯えた色に変わった。
私が、事故を起こしたとでも思っているのだろうか。
事実でしろ、事実でないにしろ、彼女達にとってはどっちでも変わりはないのだろう。
あれだけ騒いでいた私を奇異の目で見ていても、実際に事が起これば、私は神の使いか、それとも悪魔の使いか。そのどちらかに見えるのだろう。
どっちにしても、『普通』じゃない。
女性達の畏怖のまなざしに、耐えられなくなり、私は足早に事故現場から離れることにした。