第5章 運命の歯車
地上へ出ると、街中はいつもと同じような空気が流れていた。
この道を行く誰も、これから大惨事が起こることなど知りもしない。
異界人も、人類も。
皆それぞれの日常を送っている。
誰もが、この日常が続くと信じて疑わないでいる。
道行く人々の中には、親子連れの姿も見受けられた。
兄さんの、力のせいで。
この人達の幸せな未来まで壊されるのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。
どうにかして被害を食い止めなければ。
あたりを見回す。
一台の車が、私の目にとまる。
『HLPD Police(ヘルサレムズ・ロット警察)』と書かれたその車両の周りには、警官らしき人が数人立っている。
私は迷わずそちらに駆け寄ると、大声で叫んだ。
「っ、あのっ、大きな事故が起こります!! この付近の人達を避難させてください!! そして列車を、止めてください!!」
事実だけを伝えたって、警察官は事情を飲み込めないだろうことは分かっていたけれど、詳しく説明している暇はない。
そんな事をしている間に、列車はトンネルを抜けて高架まで姿を現すだろう。
そうなったら、もう手遅れだ。
脱線した列車が、高架からこの地上へと落下し、あたりを巻き込んだ悲惨な事故が起きてしまう。
私の悲痛な叫びに対して、警察官の反応は先ほどの駅員と似たようなものだった。
「お嬢ちゃん、どうした。質の悪い冗談はやめておきな」
「薬でもやってるのか? それとも精神患者か?」
「いたずらなら、早いとこごめんなさいしておいた方がいいぞ」
半分笑いながら、警察官は口々にそんな事を言った。
兄の事を説明しても、やはり真剣には受け取ってもらえないだろう。
第一、どうやってその事を証明するというのか。
どう転んでも、私の叫びは“子供のいたずら”にしか聞こえない。