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【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第5章 運命の歯車




電車が到着するアナウンスが流れると、兄さんの顔が醜く歪んだ。


向こうからやってくる車両が近づくにつれ、その車両の異様な外観が鮮明になっていく。


──ヘルサレムズ・ロットの地下鉄の車両は、特殊な形状をしている。


車両の先頭には、真空管のような容器がくっついている。
その真空管の中に脳と、脳に神経が繋がった目玉が2つ収められている。

これがこの車両を動かすいわば“車掌”のようなものなのだと理解するまで、私はこれがこの街に合わせた悪趣味なデザインなのだと思っていた。


兄さんは、この“車掌”を操るつもりだ。


けれど操るためには、対象に触れる必要がある。

つまり、兄さんがこの車掌に触れさえしなければ、兄さんの思惑は潰える。


ゆっくりと止まった列車の先頭に、兄さんが近づいていく。


私は持てる力すべてを振り絞って、兄さんに向かっていった。


「やめて!」

「っ、邪魔をするな!」


どん、と勢いよく突き飛ばされる。

驚いた周囲の人が、倒れた私を抱き起してくれた。


「大丈夫ですか」

「ええ」

助けてくれた人にろくにお礼も言わず、私は兄さんの方へ駆け寄ろうとした。


「ショーを始めよう」


いびつな笑顔を浮かべた兄さんの右手が、“車掌”に触れる。


操るのにどれほどの時間を要するだろうか。
その手をどけさえすれば、兄さんの企みを阻止できるかもしれない。

まだ間に合いますように。

そう願いながら、私はまた兄さんを止めようと飛びついた。


「──もう、遅いよ」


にやりと口端だけあげて笑う兄さんに、背筋が寒くなった。
触れていた右手を“車掌”から離すと、兄さんは私をその場に残したまま去って行く。

“車掌”を見る。

一見して、変わったところは見られないように思えた。


私と兄さんのやり取りを傍で見ていた人々も、おかしな騒ぎを起こす子供達だという認識をしただけで、特段声をかけることも、気にすることもなく、車両に乗り込んでいった。


車両はそのまま、ホームをゆっくりと出発し始める。

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