第5章 運命の歯車
「ねぇ、お願い、待って」
私の悲痛な叫びを無視して、兄さんは地下鉄構内へと続く階段を無言で降りていく。
自分の力を“復讐”に使うのだと言ってきかない兄さんを、止める術を私は持ち合わせていなかった。
何度振り払われようとも、追いすがる私に、兄さんはとうとう舌打ちをした。
その目はぞっとするほどで、もうすっかり兄さんは変わってしまったのだと、改めて思わされた。
律義に切符を買って、駅の中へと入る兄さんの後に続く。
駅のホームまで来ると、兄さんはようやく足を止めた。
「邪魔をしても無駄だよ。僕のこの力は誰にも止められない」
「こんなの間違ってるわ。どうして無関係の人まで巻き込もうとするの」
「その話は前にもしただろう。もう何度も同じ話をさせるな」
兄さんは、大人達を、ひいてはこの世界を憎むようになっていた。
牧師様を手にかけただけでは消えない彼の復讐の炎は、『神の御力』を得たことをよって、ますます燃え上がってしまっている。
昨夜、兄さんは恐ろしい計画を私達に聞かせた。
──列車を操って、大事故を引き起こす。
人類も異界人もまとめて、とにかくたくさんの大人を殺すのだと、兄さんは笑って語ったのだった。
その話を聞かされた私も、他の子供達も、あまりの内容に絶句してしまった。
兄さんの蛮行にほとんどの子供達は否定的だったけれど、中にはその“神の御力”に心酔しきって、兄を神様だとあがめ始める子供もいた。
確かに、教会から逃げ出して2週間ばかり、兄の“力”が無ければ、私達は飢えて死ぬか、酷い目にあって死ぬか、どちらかしか道はなかっただろう。
だから、ここまで兄に頼るしか私達に生きるすべはなかった。
けれどそれとこれとは話が別。
兄さんの蛮行を、なんとしてでも止めなければならない。
先を行く兄さんの背を追い、私は駆けた。