第27章 運命の糸先
間近にミスタ・ベイリーが迫る。
舌なめずりするその顔に吐き気を催しそうになった。
「──その前に、歌を一曲いかがです?」
他に時間を稼ぐ手立てを思いつかない。ほんの少しの時間でも彼の動きを止められたら。そう思ったけれど、ミスタ・ベイリーはいいや、と首を振る。
「君の歌声が素晴らしいのは知っているよ。けれど、今はその体を奏でてみたいのだ」
「さわりだけでも、」
「……必死だね。白馬の騎士が来るのでも待っているのかな?」
まずい。勘づかれてしまった?
さすがに不自然すぎただろうか。
今ここでこの男を逃がすわけにはいかない──この計画にのった時点で私は覚悟を決めたはずだ。
どんな手を使ってでも、黒幕に繋がる手がかりを掴んで決して離さない、と。
「申し訳ありません……このところ男性のお相手を務めていないものですから。歌って緊張をほぐしたかったのです」
微笑むのよ、優雅に。
嫌悪も怯えも微塵も漏らすな。
──体なんかいくらでもくれてやる。魂だけは、私達のものだから──
「大丈夫だよ、君なら。それに私も紳士だ。君の体をゆっくりほぐしていってあげよう」
ベッドの上に押し倒され、覆いかぶさられる。
ぞわぞわと嫌悪感が体中を駆け巡る。
こんなこと、今まで無かった。教会で、好き好んで抱かれていたわけでは決してない。
けれど“そういう風”に造られたであろう私の体は、どんな相手でも甘く反応するようになっていた。
だけど今は。首筋を這う生温い感触も、下着の中をまさぐる指先も、老年男性特有の匂いも、全てが気持ち悪い。
「どうした? 我慢などせず、甘く鳴いておくれ」
あの頃みたいに、スイッチが入ってしまえばいっそ楽なのに。
今は私を組み敷く男に嫌悪感しか抱けない。
このままではいけない。
この男を繋ぎとめるのが、今の私に課せられた使命なのだから。
体を武器に戦うしか出来ない私にうってつけの仕事だ。そのはずなのに。
男が体に触れれば触れるほど、その息が荒くなればなるほど、私の心と体は冷たく無機質なものになっていく。
「……久しぶりすぎて、体が反応しないのか? 長らくメンテナンスをしていないようだから無理もないか……ならば」
ずるりと剝き出しになったものを、ベイリーは口に押し付けてきた。反射的に顔を背けてしまう。
その反応にベイリーは酷く驚いた顔だ。