第27章 運命の糸先
「なっ……!」
動揺しているクラウスを見て女はクスクスと笑い、その姿のほとんどを黒い塊に変え、先に消えていった腕と同じように無数の羽音を響かせてクラウスの元から消え失せた。
──ブラッドブリード
アメリアに成りすましていた女の正体は、ライブラが度々対峙する数多いる吸血鬼(ブラッドブリード)のうちの一人だった。
『敵対する気はない』と言った彼女はその言葉通り、再びクラウスの前に現れる様子はなかった。
アメリアの行方を知る者が消えた今、クラウスが女性専用だと理解しながらもレストルームに駆け込んだのは仕方のないことだった。
しかしクラウスがいくら隈なく探しても、レストルームの中には誰一人いなかった。
ただひとつ、大きな鏡の前に置かれた小さなバッグだけが、アメリアが先ほどまでそこにいた事を証明していた。
「アメリア……!」
鏡の前に取り残された小さなバッグを掴んで、クラウスはギリ、と唇を嚙みしめた。
──やはり外出など、安易にするべきではなかった。
血界の眷属が関与するなど考えてもみなかったが、ここがどんな街であるか忘れたわけではあるまいに。
ここはヘルサレムズ・ロット。
何が起きても不思議ではない街だ。
そうしていくら後悔しても仕様がないことは、クラウスも痛いくらいに理解していた。
こうしてクラウスが後悔の念を抱いている間にも、アメリアの身に危険が及んでいるかもしれない。
次に取るべき行動を考えていると、クラウスの胸元が小さく震えた。
「──クラウス」
電話の相手に自分の名を告げると、電話の相手は名乗りもせず用件を告げた。
クラウスの内心をよそに、電話の相手は実に淡々とした声だった。
「クラウス、至急現場に向かってくれ。ギルベルトさんに場所は連絡してある。俺達もすぐに向かう」
「現場? 一体どういう──」
クラウスの言葉を遮って電話の相手──スティーブンは声を張り上げた。
「説明は後だ! アメリアからエマージェンシーコールだ」
クラウスの目が大きく見開く。
アメリア。その名を耳にした瞬間、クラウスは劇場の外へと駆け出していた。
「坊ちゃま! お急ぎください」
劇場を飛び出た先にはすでにギルベルトが車を用意して待っていた。
クラウスは無言で頷き車に飛び乗った。