第27章 運命の糸先
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「遅くなって申し訳ありません、ミスタ・クラウス」
レストルームから出てくるなりアメリアは頭を下げた。
上演時間がせまっている旨を知らせる放送が流れたからだろう、急くように席に向かおうとする彼女を、クラウスは引き留めた。
「時間はまだある。それほど急ぐ必要はない」
「ですが、先ほど放送が」
「ああ。だが少し君と話をしたい」
「まぁ……嬉しいお言葉ですが、お芝居が終わってからにしませんか?」
「そう時間はかからない。今、話したいのだ」
「……分かりました」
クラウスの手はしっかりと彼女の細い腕を掴んでいた。
観念したようにアメリアはクラウスを見上げてその言葉をじっと待っている。
ぐっと顔を近づけて、クラウスは彼女に問いかけた。
「アメリアはどこかね?」
目の前の彼女は、大きな目をさらに見開いて「何をおっしゃっているのですか?」と尋ね返した。
「言葉が足りなかっただろうか。アメリアを、どこにやったのかね?」
「ミスタ・クラウス、おっしゃる意味が分かりません。アメリアは私です」
「いや、君はアメリアではない」
「何故そんなことをおっしゃるのです?」
酷い人だわ、とアメリアはすすり泣き始めた。
けれど目の前の彼女が本物のアメリアでは無いことは、クラウスの中で明白だった。
「アメリアは、私を『ミスタ・クラウス』とは呼ばない」
そう言った瞬間、アメリアはぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべた。
小さな舌打ちが聞こえた後、彼女は観念したように口を開いた。
「まさかこんなに早くバレちゃうなんて思ってもみなかったわ。まぁ頼まれた分の仕事はしたから別にいいわよね?」
女はクラウスの目を見ながら、己に問うかのように呟く。
『頼まれた分の仕事』
その言葉が意味するところを、クラウスは早急に判明させねばならないと思った。
一体誰に、何を頼まれたというのか。
そしてアメリアの行方はどうなっているのか──
「イヤだ、怖い顔で睨みつけるのやめてくれない? 私はただ言われた通りに動いただけで、アナタと敵対するつもりなんてサラサラないんだから。──牙狩りさん」
にっこりと女が微笑んだかと思うと、クラウスが掴んでいたはずの彼女の手首は無数の黒い塊となって散り散りに消えていく。