第27章 運命の糸先
けれど、別に悪いことをしているわけでもないし、他人がどうこう言うようなことではない。
互いが納得した関係ならば、誰にも咎められない。
ブロンドの女性には、どこか自分と同じ空気を感じていた。
だから余計にそんな下世話な想像が広がってしまったのかもしれない。
真っ赤なドレスに包まれた彼女の体は、周囲の男性の目を惹きつけてやまない。時々通り過ぎる男性達の視線は、決まって彼女の豊満な胸元に注がれていた。大きく開いたドレスからこぼれんばかりのそれに、異性でなくとも目がいってしまうのだから、他の男性の目がいくのも仕方なさそうだ。
ミスタ・ベイリーとクラウスさんの会話を微笑みを浮かべたまましばらく聞いていた。
内容は私には分からないけれど、当たり障りのない社交辞令が多く飛び交っていたように思えた。
その後も数人同じように挨拶を交わして、お芝居の上演の時間が近づいてきたところでお手洗いに向かった。
「ふぅ……」
メイク直し用の鏡の前で、ついため息をついてしまった。
なにか粗相をしないようにとずっと気を張っていたからか、一人になると少しほっとする。
クラウスさんにとっては当たり前の世界は、私にとっては未知の世界。
いくら『大丈夫』だと言われても、今の私はヒールを履いて背伸びをして大人の世界に足を踏み入れているようにしか思えない。
鏡の中の自分は、ひどく自信なさげな顔でこちらを見ていた。
ふと右側に人の気配を感じて、そちらに目をやる。
「あら、さっきの」
にこりと口角をあげて私を見つめているその女性は、先ほどミスタ・ベイリーの傍らにいた美しい女性だった。
すでに真っ赤に染まっている唇に、彼女はさらに口紅を塗り重ねた。
『──まもなく上演開始となります。お早くお席にお着き下さいますようお願い申し上げます──』
いけない。お芝居が始まってしまう。
クラウスさんを待たせているし、急がなくては。
アナウンスを耳にして私は隣の女性に会釈をしてその場を離れようとした。
けれどふと視線を上げた先に違和感を覚えて、足を止めてしまった。
「そんなに急がなくても大丈夫よ」
にっこりと女性が微笑む。
真っ赤な唇だけが浮いて見えた。
美しいはずなのに、この人──どこか不気味だ。
「どうせお芝居なんて観られやしないんだから」
そう言って笑う赤い唇の女性の姿は、鏡の中には無かった。