第27章 運命の糸先
輝くブロンドの髪を綺麗に結い上げた美しい女性を連れて、老齢の紳士はクラウスさんと親し気に話し始めた。
クラウスさんも微笑みを浮かべているところを見ると、かねてからの知り合いなのだろう。
「これはミスタ・ベイリー。ご無沙汰しております」
「顔を合わすのは久々だが、君の話はあちこちで聞いておるよ」
「良い話だとよいのですが」
「はは、まぁ色々とな。…ところで、そちらの麗しいお嬢さんはどなたかね。君が若い女性連れとは珍しい」
みなの視線がこちらに向く。
咎められたわけではないのに、体がこわばってしまった。
「彼女は知人のご息女でして。知人の予定が合わないというので、私が代わりに同行しているのです」
ミスタ・ベイリーと呼ばれた紳士は、そうかね、と目を細めて私を見つめている。
ご挨拶くらいきちんとしなければ。声が震えないように、小さく息を吸って心の中で挨拶の言葉を繰り返した。
「初めまして、ミスタ・ベイリー。シャーロット・スペンサーと申します」
こういう場面を想定して、クラウスさん達があらかじめ偽名を用意してくれていた。
おかげで慌てることなく挨拶が出来た。いるはずのない架空の人物、シャーロットを名を述べると、紳士の細い目がまたさらに細くなった。
「初めまして、ミス・シャーロット。名前の通り、可愛らしいお嬢さんだ」
ミスタ・ベイリーにぐいと引き寄せられ、驚く間もなく次の瞬間には頬をすり寄せられた。
すん、と何かを嗅ぐように鼻をすする音が耳元でする。
これも挨拶の一種であることは理解していたものの、ぞわりとした感覚が背筋を這った。
すぐに離れていった老紳士に気取られないように、笑みを浮かべる。
嫌な顔を見せたら、気分を害されてしまうかもしれない。
クラウスさんとの関係がどんなものなのかは分からないけれど、私の振る舞いで関係が悪くなるようなことがあっては困る。
「やぁ今日は良い日だ。こんなに麗しいお嬢さんに出会えて。寿命が伸びましたよ」
「あら、いやね。私じゃご不満なのかしら?」
真っ赤な唇を子どもっぽく尖らせて、ブロンドの美女がミスタ・ベイリーにしなだれかかった。
老紳士はこらこら、とたしなめながらも嬉しそうに笑っている。
年の離れた二人の関係をあれこれ詮索するつもりはなくとも、下世話な想像が広がってしまうのはどうしようもなかった。