第26章 Cinderella Dream
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深々と下げていた頭をゆっくりと上げると、レイチェルはヒールの音をたてて足早に控室へ向かった。
人の気配が無い事を確認して取り出した携帯でどこかへ連絡を取り始めた。数コールの後に繋がった相手に、接客時とはトーンの違う声でレイチェルは話し出す。
「──ええ、指示された通りお渡ししました。バングルは既に装着済みです。……あら、疑り深い方でいらっしゃいますこと。そこまで仰るのなら、ご自分で渡されたら良かったのではありませんか。……なんて冗談です。無理ですものね。あの人達の前に姿を見せることなんて出来ないんですから」
電話の相手はレイチェルの冗談を面白くは思っていないようだった。
ピリピリとした緊張が電話の向こうから伝わってくる。
「なんですって? 見くびらないでくださいます? 私これでもクラウス様からは厚い信頼を得ていますの。微塵もお疑いになっておられませんわ。あのバングルもただのアクセサリーだと。ええ、ちゃんとGPSは起動させてあります」
細事にわたって確認の言葉を繰り返す電話の相手にレイチェルはため息をつきそうになった。
神経を使いミッションを果たしたというのに、依頼者の口から出てくるのは心配や不安を感じている言葉ばかりだ。これではいい加減レイチェルも愛想がつきそうになる。
「きちんと作動しているかどうかは、そちらで確認なさっているのでしょう? 万事抜かりの無い貴方の事ですもの」
最後のは一応、誉め言葉のつもりだった。けれど相手は嫌味に受け取ったのか反応はあまりよくなかった。
報告を済ませてしまったのだからもう話すこともない。これ以上こちらの気分が悪くなる前に終わらせてしまおうとレイチェルが通話終了のボタンを押しかけた時、ようやく『恩に着る』と感謝のような言葉が返ってきた。
こんな事はもう二度とごめんだと思いながら、レイチェルは電話を切った。