第26章 Cinderella Dream
希望は、と聞かれたものの私にはメイクの事はさっぱり分からなかった。
だから、とにかくクラウスさんの隣にいてもおかしくないようにしてくださいとだけ伝えると、ヘアメイクを担当してくれる方は軽く頷いて作業を始めた。
ヘアメイクにかかった時間は1時間くらいだったと思う。
どうぞ、と鏡に映る自分と対面した時の驚きようったらなかった。
絵本で見た美しいドレスを身に纏ったお姫様みたいで、小さく「わぁ」と声を漏らしてしまったくらいだ。
くるくるになった髪の毛が綺麗に編み込まれていて、淡い色の花がいくつかくっついた髪飾りがつけられている。
耳元で揺れる白いパールのイヤリングも、くるりと上を向いた長い睫毛も、ぷっくりと熟れたように光るピンクの唇も、何度となく読み返した絵本のお姫様の絵にそっくりだった。
「レセプション会場の視線を独り占めにしそうなほど、お綺麗です」
「…ありがとう、ございます…」
「クラウス様もさぞかし気に入ってくださる事でしょう」
ミス・レイチェルの言う通り、クラウスさんが気に入ってくれるとよいのだけれど。
社交辞令でもお世辞でもあの人なら褒めてくれそうな気はする。願わくば、その言葉が本心からのものであればどれほど嬉しいか。
クラウスさんの反応にドキドキしながら、私は彼の待つ部屋へと足を踏み入れた。
ソファに腰かけたクラウスさんは雑誌に目を落としている。
正装をしたクラウスさんは普段のスーツ姿の時とはまた違った存在感を放っていた。
黒地のジャケットの襟やポケットに施された金の刺繍が煌びやかで目を引く。いつもの赤いネクタイは黒い蝶ネクタイに姿を変え、首元にちょこんと顔を出していた。
普段からスーツを着慣れているからだろうか、きっちりと着こなすクラウスさんのその姿に思わずため息がもれた。
「お待たせしました」
私の声にふと顔を上げたクラウスさんの目が、じわじわと見開かれていった。まじまじと見つめられて気恥しくなって視線を床に落とす。
「…綺麗だ」
それはとても小さな呟きで、ともすれば聞き逃してしまいそうなくらいのものだった。
けれど彼は確かに、私の姿を見て「綺麗だ」と呟いたのだ。
それが分かった瞬間、心臓が大きく跳ねて息が出来なくなりそうだった。目頭がじわっと熱くなり、涙がでそうになった。
あれは嘘偽りのないクラウスさんの本音だ。きっとそうに違いなかった。