第24章 “Long time no see.”
「まずは形を整えないとね。このヤスリでね、少しずつ削っていくのよ。はじめに長さを調整して、次は爪の角を丸くするの」
慣れた手つきで平べったいヤスリを動かして次々と私の爪をK・Kさんは整えていった。
「それが終わったら今度は甘皮の処理」
「甘皮って、なんですか」
「爪と皮膚の間にある皮のことよ。ほらこのあたり。爪の方に伸びて来てるものだけちょこっと取ってあげるの」
何やら油のようなものを塗って入念に爪と皮膚の間をマッサージされ、先がV字に割れた不思議な器具でスッスッと皮を取っていく。
爪の生え際が綺麗になっていくのが分かった。
「マニキュアを塗るのも一仕事なんですね」
「そうねぇ。何事も下準備が大事なのよ。ほら、お料理だってそうでしょ? 下ごしらえをきちんとしておけば仕上がりに差が出るものなのよ。綺麗になるのに近道なし!! これ覚えておいて損はないわ」
「ふふ。はい、覚えておきます」
K・Kさんは明るくて優しい素敵な女性だ。
私に気を遣ってくれて来てくれたのだろうけれど、押しつけがましくはない。
みるみるうちに整えられた私の爪に、透明なマニキュアが塗られていく。
それが乾いた後、ようやく赤いマニキュアの出番がやってきた。
小さな筆先が爪の上をスッとなぞり赤い線が引かれていく。
何度かそれを繰り返すと指先はバラの花びらがひとひら、舞い落ちてきたかのように真っ赤に染まっていた。
「綺麗…」
「アメリアっち素敵な爪の形をしてるからマニキュアを塗ると一層映えるわね」
「ありがとう、ございます」
「ふふ…やっぱりいいわねぇ。娘がいたらこうやって過ごすのが夢だったの。ウチには男の子しかいないから」
K・Kさんにお子さんがいる事を、この時初めて知った。
ライブラに連れてこられたあの日一番最初に声をかけてくれたのはK・Kさんだった。
こうやって接してくれるのも、彼女に子供がいるからかもしれない。
「…私も、母とこんな風に過ごせたら良かったのになって、思います」
記憶の中の母親は、怯えているか泣いている顔ばかり。
楽しく過ごした思い出なんかない。
暴力とむせかえるように満ちたタバコの匂い、口の中に広がる鉄の味。
その中で唯一私を守ってくれたのは、兄のイアンだった。
教会でも、度重なる牧師の夜の求めから守ってくれたのも兄だった。