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【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第23章 You raise me up.



「…分かりました。でも……このハンカチだけでも渡せないでしょうか」

刺繍を入れたハンカチをクラウスさんに差し出す。
クラウスさんはそのハンカチを受け取ってしげしげと刺繍を眺めた。

「あの子達に会えないのなら、せめてこのハンカチだけでも渡していただきたいのです」
「…承知した。私が責任を持って届けよう」
「お願いします、クラウスさん」
「うむ」

クラウスさんはしばらくハンカチを眺めて、ゆっくりと私に視線を向けこう言った。

「アメリア。私の物にも何か刺繍をしてもらえないだろうか」
「ええ。それはもちろん。喜んで」
「ありがとう。いくつか頼んでも構わないだろうか」
「いいですよ。何かご希望はありますか? イニシャルを入れますか? 他にモチーフとか」
「君の好きなように。……君の好きなものを刺繍してほしい」
「私の、好きなものですか……わかりました」

クラウスさんから刺繍を入れてほしいと頼まれるとは思ってもみなかった。
彼の持ち物はどれも高級品で、きっとオーダーメイドのものばかりだ。
頼めば店でいくらでも美しい刺繍を入れてもらえるだろうに。

でも、クラウスさんに頼みごとをされるのは嬉しかった。
後から考えれば、こうやって私の気持ちを施設に行ったみんなの事から逸らそうとしていたのかもしれない。

けれどその時の私はただただ嬉しくて、どんな刺繍を入れようかと考えるのに夢中になっていったのだった。


*************


「駄目じゃないかクラウス」

昼食を終えてアメリアの部屋から戻ったクラウスに、スティーブンは渋い顔で言葉を放った。

「彼女、勘づいたかもしれないよ」

ぐ、とクラウスの顔が険しくなる。
スティーブンの言葉は最もだとクラウス自身もよく分かっていた。

隠し通さなければいけない事だと、幾度もスティーブンやギルベルトと話し合った。
この事実をアメリアが知ってしまえば、彼女はますます不安定になってしまうと分かり切っている。

しかしいつまでも隠し通すのは無理だとクラウスは思っていた。
いつか事実を知った時、アメリアはどう思うだろうか。
嘘をついたことを、事実を隠していたことをなじるだろうか。

──私の事を、信じてくれなくなるのではないか。

クラウスの胸中にはそんな不安が押し寄せていた。

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