• テキストサイズ

【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第21章 それは甘くかぐわしい香り



洗面所の扉が開いた。
アメリアは俯き加減のまま、私の待つテーブルへと身を寄せた。

「…食事にしよう」

こくりと小さく頷いて、アメリアが再びトマトを口に入れる。
数度咀嚼した後、するりと喉を通っていったようだった。

安堵のため息が漏れる。
やはりまだ『儀式』を無くすのは難しいようだ。
彼女が自分の手で食事の用意をすればあるいは、と考えていたが、そう簡単にはいかないらしい。

これまでのアメリアの様子を見ていれば分かっていた事だ。

だが『儀式』がまだ必要なのだと分かった時、どこかホッとした気持ちを抱いたのは何故だろう。
彼女を一刻も早く呪縛から解き放ち、“普通”の生活を送らせたいと願ってやまないはずなのに。

──彼女が私を必要としなくなることを恐れているのか?

弱い。
私は彼女の事となると、途端に弱くなる。

「…美味しい」

アメリアの呟きに、意識を揺り戻された。
急いでスクランブルエッグを口に運んで飲み込んだ。
舌の上を通り過ぎていく卵の滑らかさに頷く。

「うむ。丁度良い火の通り具合だ。君は筋が良いのだな」
「ギルベルトさんの教え方が上手なんです、きっと」
「それも一因だろうが、君の腕もある」
「…ありがとうございます」
「うむ」

会話が途切れたところで、私はベーコンを口に運んだ。
アメリアも同じようにベーコンを口に運んだ後、ポツリと呟いた。

「…もっとたくさん練習して、いつかハンナ達にも私の作ったご飯食べさせてあげたいな」

じっと皿の上のベーコンを見てそう呟いたアメリアに、かける言葉を探す。

彼女が次に口にする言葉はきっとこうだ。

「クラウスさん──ハンナ達にはいつ会えますか?」

思った通りの言葉をぶつけられた私は、ゴクリと息を飲み込んだ。

「──アメリア、その事なのだが……」

アメリアの目が私をじっと見つめている。
悟られてはいけない。
事実を知ってしまえば、彼女はさらに混乱することになる。

スティーブン達と決めた通りに、答えなければ──

「実は、しばらく面談は控えて欲しいと養護施設側から回答があったのだ」
「どうしてですか? 私、ハンナと約束したのに……」
「すまない、アメリア。あの子達もまだ不安定な状態なのだ。施設に慣れるまでしばらく外界との接触を控えたいのだそうだ」
/ 310ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp