第21章 それは甘くかぐわしい香り
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*クラウスside*
洗面所に彼女を残して、ひとり部屋に戻った。
自分のしてしまった事が頭の中をぐるぐると回っている。
誓ったはずなのに、あの香りに負けて──いや、そんなものは言い訳に過ぎない。
アメリアが着替えを済ませて部屋に戻る前に温めておこうと、すっかり冷めてしまったスクランブルエッグとベーコンを新しい皿に移し替えた。
半生のとろりとした卵液が皿から垂れ、指にかかる。
「っ……」
先ほどの光景がまざまざと蘇ってくる。
指先を濡らす卵液が、まるで彼女の蜜のように思えて下半身が、ぐっと熱くなってしまう。
彼女を果てさせはしたものの、私自身の熱はいまだ昂ったままだった。
だからといってその熱を外に出すことは許されない。
もう、私は間違いを犯してはいけないのだから。
アメリア──彼女は、私に触れられることが嬉しかったと口にしていた。
その言葉を耳にした時、私はどれほど喜んだだろう。
思わずアメリアを自分の腕の中に閉じ込めてしまいそうになった。
しかし……彼女の境遇を鑑みれば、彼女の私に対する感情は一時的なものであり、まやかしに近いものである。
彼女は寄る辺なく、私に縋るしかない状況だ。
だからアメリアが私に抱く感情は、まやかしの想いに過ぎない。
彼女がもっと普通の、同じ年頃の子と同じような“普通”の生活を送っていれば。
私にそのような想いを抱くことはないだろう。
私が彼女を愛していると感じているのも、また同じようなものなのかもしれない。
アメリアを腕の中に閉じ込めることは簡単だ。
だが、それを実行してしまったら、彼女は永遠に過去に囚われたままこの先の人生を生きていくことになるのではないか。
私は、彼女の想いを素直に受け取ることは出来なかった。
そして卑怯にもアメリアの言葉に応えることもせず、あの場から逃げ出してしまった。
彼女を傷つけてしまう。
そう、理解しているというのに。
私の口からは何も言葉が出てこなかったのだ。
ハッキリと彼女の想いを断ち切る言葉を口に出来なかったのは、私の弱さに他ならない。
Ja(ヤー)ともNein(ナイン)とも答えず逃げ出した私を、彼女はどう思っているだろうか……。