第21章 それは甘くかぐわしい香り
あの催淫作用のある匂いのせいで、自制心の効かなくなる男性をたくさん見てきた。
教会に来ていたのは、始めから私達と交わる目的を持った人達だったから、今目の前で苦しそうな顔をしているクラウスさんのように罪悪感を持つことはなかったけれど。
クラウスさんは、違う。
「すまない……私は、誓ったはずなのに……また君に……」
ほら。
彼の口から出てくるのは、謝罪の言葉だ。
「…いえ、私の匂いのせいです。そういう風に、造られているんだと思います。貴方が悪いんじゃない。貴方は、何も悪くない」
客を喜ばせる為に。お金を稼げるように。
私や、他の子供達の体は、春を売るのに最適な体にされているのだと思う。
だから、クラウスさんは何も悪くないんです。
そうなるように、私の体を求めるように、無意識にとはいえ私が仕向けているのだから。
貴方は私の体に仕掛けられた罠に絡めとられただけ。
「それでも。私が自分の欲望に負けてしまったことに変わりない」
クラウスさんは真面目だ。
真面目で、頑固。
彼はこだわり続けている。
私の過去を思って──私が体を許すこと自体が、汚らわしい行為だと。
そこに私の感情が含まれているとは、彼は思いもしないのだろう。
「クラウスさん、私は……クラウスさんに触れられて嫌じゃなかった。教会にいた時とは違うの。貴方に触れられると、ふわふわしたあたたかな気持ちになるの。貴方は、他の人と違う。たとえあの匂いに負けたのだとしても、貴方は私を乱暴に扱う事はしなかった」
人の欲とは底知れぬもの。
快楽の為に、他者を平気で傷つけることも厭わなくなる。
あの匂いは人の奥底の欲望までも曝け出す、強い力がある。
そのせいで何度痛い思いをさせられてきたことか。
「だから、謝らないでください。私は貴方に触れられて嬉しかった。…たとえ汚らわしい行為だったとしても、私は、嬉しかった……」
「アメリア、君は……」
大きな手が、伸びてきた。
けれどその手はすんでのところで思いとどまったように引っ込められてしまった。
「……すまない。着替えを持ってこよう」
立ち上がったクラウスさんは静かに洗面所を出て行った。
これでいいのだ。
私の気持ちを受け入れてもらう必要はない。
ただ、彼の行為が間違いなのでは無いと、伝えたかっただけなのだから──。
頬を伝う涙を、そっと拭った。