第21章 それは甘くかぐわしい香り
キスひとつとっても、クラウスさんの人柄がよく表れている。
決して性急に事を進めることはせず、常に丁寧に優しく人を思いやる。
けれどひとたび火が付けば、彼の中にある獣のように荒々しい部分が見えてくる。
太く熱い舌が、私の口内を掻きまわす。
吐息まじりに互いの熱を感じ合う。
熟れた実を潰した時のようなジュクジュクとした水音が口から漏れ出る。
一度離れた唇は息を吸うためだけに離されたようで、すぐにまた重なり合った。
体の奥が熱い。
口づけだけでは物足りない。
だけどそれ以上求めてはいけないと分かっている。
求めてしまえば、またクラウスさんのあの悲しそうな顔を見ることになる。
傷つくだけだ。
これはただの『儀式』なのだと、自分に言い聞かせる。
「…っ、くっ…」
うめき声とともに、身をかがめていたクラウスさんの体が急にのしかかってきた。
足に力が入らないのか、崩れ落ちるようにクラウスさんは私の方へ倒れこむ。
当然彼を支え切れるはずもなく、私はそのまま床に座り込む形になった。
クラウスさんは私を潰すまいと、なんとか腕だけで自身を支えている。
クラウスさんの荒い息遣いが聞こえる。
はぁはぁと吐き出される熱い息が耳にかかるたびに、ゾクゾクと背中を電気が走った。
「だい、じょうぶですか…?」
のぞきこんだクラウスさんの目にはじわりと涙がうかんでいた。
どこか痛むのだろうか。苦しそうにあえぐクラウスさんの涙をぬぐおうと、そっと手を伸ばす。
触れた彼の頬はいやに熱かった。
指先で一撫ですると、クラウスさんの体がビクリと大きく震える。
「っ、アメリア……すまないが、離れてくれたまえ」
荒い息遣いのまま、クラウスさんが懇願する。
触れることも、そばにいることさえ今の彼には苦痛なようだった。
離れて欲しいと言われたことが少なからずショックではあったものの、言われたとおりに距離を取ろうとした。
けれど、私の後ろには扉があってそれ以上後ずさることは出来ない。
私の前には今にも倒れそうなクラウスさんがいるし、横に動こうにもクラウスさんの腕に塞がれて抜け出せそうにない。
「そう、したいのは山々なのですが……」
困った顔で返事をすると、クラウスさんは小さく呻いて自分の体を後ろに引こうとした。