第21章 それは甘くかぐわしい香り
「アメリア、大丈夫かね」
クラウスさんの問いかけに軽く頷いて洗面所へ向かう。
心配からかクラウスさんが付き添ってくれた。
「…ごめんなさい」
「謝る必要などない。それより気分はどうかね」
「大丈夫、です。ごめんなさい、あの、私……」
「謝らなくていい。焦らず少しずつ進んでいけばよいのだから」
「…はい」
ゆっくりと、大きな手が私の頭をなでる。
くすぐったいようななんともいえない感覚が全身に走っていく。
クラウスさんの手が離れていくのが寂しくて、思わずその手を掴んで握りしめてしまった。
「怪我をしたのか」
握りしめた私の指先に目を落としたクラウスさんは、もう一方の手で私の指先に巻かれた絆創膏に触れた。
「包丁で少しだけ切ってしまって」
「まだ痛むかね」
「もうそれほど痛みません」
じっと絆創膏を見つめていたクラウスさんの顔が、おもむろに近づいたかと思うと絆創膏にそっと唇を落とした。
「…君の作った料理が冷めてしまうのが心苦しい」
言うなり、クラウスさんはまた私の指に口付けをした。
触れる唇の熱が指先から頭の芯まで伝わっていくような気がする。
ふと指先から視線を上げたクラウスさんと目が合う。
エメラルドグリーンの瞳の中に、自分の姿が見える。
大きな手が伸びてきてするりと頬を撫でたかと思うと、耳の輪郭をそうっとなぞった。するすると肌の上を這う大きな指は、首筋に線を描いて、最後にはゆっくりと顎を持ち上げていく。
何度やっても慣れない。
この一連の動作が『儀式』に入る前のものだと分かっているけれど、肌をなぞられる度に緊張と不安と期待の入り混じった変な気分になってしまう。
「アメリア」
名を呼ばれ、視線をクラウスさんの指先から彼の目の方に向ける。
そこからは無言だったけれど、私の心の準備が出来るのを待っているように見えた。
名を呼んだのは、確認のためだったのかもしれない。
私が、彼を受け入れる準備が出来ているかどうか。
返事の代わりに、ゆっくりと目を閉じる。
少しずつクラウスさんが近づいて来る気配がして、数秒後には唇が重なっていた。
いつもの通り軽く触れるキスから始まり、三度目にしてようやく舌を絡める熱く濃いキスになる。