第21章 それは甘くかぐわしい香り
スクランブルエッグの後はベーコンを焼き、トマトを切り、フルーツをミキサーにかけてジュースを作った。
それをテーブルにセッティングして一息ついたところでクラウスさんがやって来た。
「遅くなってすまない」
「今、出来たところです」
「それは良かった。せっかくの君の手料理だ。冷める前に口にしたいと思っていたのだ」
「料理、と言っていいのか分かりませんが……」
ただ混ぜて焼いて切っただけの、ごくごく簡単なものだったから、普段から美味しいものを食べているクラウスさんにとってはさして目新しくも驚くこともないメニューなはず。
だけどクラウスさんはテーブルに並んだお皿を嬉しそうに眺めていたから、私も嬉しくなった。
「早速頂くとしよう…と、その前に」
言って、クラウスさんがこちらに近づいてくる。
心音がドクドクと早く大きくなっていく。
今日は『儀式』はしないはずなのに、忘れてしまっているのだろうか。
ギルベルトさんもまだ部屋にいるのに......。
思わず俯いてしまった私の横を、クラウスさんは通り過ぎて行った。
「手洗いをしなければ」
洗面所に続く扉の中へ消えていくクラウスさんの背中を見ながら、どこかガックリときている自分がいた。
「アメリア様、どうぞ御着席下さい」
ギルベルトさんが椅子を引いて待っている。
『儀式』を期待してしまった事をギルベルトさんに気取られないように、足早にそちらに向かった。
「待たせて申し訳ない。食事にしよう」
クラウスさんが真向かいに座り、二人で食事前の祈りを捧げた。
そっとカトラリーを手にして、トマトを口に運ぶ。
クラウスさんの視線がこちらに向いているのを感じながら、口の中にトマトをいれる。
噛むと口中に甘味と酸味が広がっていった。
数度咀嚼して、あとは飲み込むだけ。
飲み込むことが出来れば、もう『儀式』は無くても食事を取れるようになる。
……そうなったら、私はもうここにはいられなくなるのだろうか。
兄さんの事が解決するまで、自由にはなれない。
けれど。食事の件が解決すれば、クラウスさんのそばにいなければならない理由はなくなる。
──それは、寂しい。
ぐ、と喉がしまっていく。
久々の感覚だった。
喉がしまっていくのと同時に、お腹から空気がせり上がってきて、それが出てこないようにと口元を抑えた。