第21章 それは甘くかぐわしい香り
「では始めましょうか」
真新しい調理器具を目の前にして、私はガチガチに緊張していた。
隣に立つギルベルトさんは穏やかに微笑んでいるけれど、微笑み返す余裕はない。
コナー医師の助言により『儀式』の回数を減らしていくために、私は自分で食事を作る練習を始めることになった。
誰かから手渡されたものではなく、自分で調理したものなら口に出来るのではないか。
私が今後自分で生活していける力をつける為にも料理は必須のスキルだ。
今日はその練習の初日。
教会では子供達に刃物を握らせるのは危険だと判断したのか、私達は一切調理を任されることがなかった。
凶器になるようなものに子供達を近付ければ、それを使って自分達に歯向かう可能性があると考えていたのだろう。
だから、私は包丁の使い方も、卵を割るという簡単なことさえ経験がなかった。
「……ごめんなさい」
何度目かしれない謝罪の言葉にも、ギルベルトさんは全く変わらぬ笑みで応えてくれる。
力加減をあやまって飛び散った卵液を拭き取りながら、穏やかな声で次の指示を出してくれた。
「何事も経験です、アメリア様。失敗を恐れずどんどん挑戦していきましょう。卵をボウルに入れたら、お次は牛乳と塩を入れてよく溶きほぐしていきます」
すでに計量カップに準備してあった牛乳と塩をつまみ入れて、泡だて器でかき混ぜる。
卵の黄色い部分と透明の部分が段々と一つになっていく様は、見ていて面白かった。
「フライパンにバターを溶かして…先ほど溶いた卵をお入れください」
四角い塊が熱せられてじゅわじゅわと解けていく。
漂う香りに食欲をそそられる。
ギルベルトさんの指示通りフライパンに卵液を流し込み、後はヘラで混ぜていくだけだ。
「そろそろ火を止めましょうか」
「はい」
用意された白いお皿に出来たてのスクランブルエッグを盛りつけた。
鮮やかな黄色がつやつやと輝いている。
ごく簡単な調理とはいえ、初めてにしては我ながらうまく出来たと思う。
「ほどよい塩梅に仕上がりましたね」
「ギルベルトさんのおかげです」
「いえいえ、アメリア様の覚えがよいのですよ」
ホホ、と笑うギルベルトさんにつられてようやく、私も笑みを浮かべた。