第19章 熱にうかされたふたり
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「ギルベルト さん、クラウスは?」
外から戻るなり、スティーブンは書類の整理をしているギルベルト に声をかけた。
空になっているクラウスの机をちらりと見る。
「坊っちゃまなら先ほど教会へ向かわれました」
「教会?事件の捜査なら僕も行ったのに」
「ああ、事件とは関係なく私用でございます」
それだけ言うとギルベルト はまた書類に目を落とした。
私用。
プライベートな事まで関与するつもりはスティーブンには無かった。
けれどあのクラウスがわざわざ教会へ出向いたのには何か理由があるに違いなかった。
その〝理由“”があの少女─アメリアにある事は、想像に難くない。
「──何か、あったんですかクラウスは」
「お気持ちを整理したいと仰っていましたが、それ以上の事は」
クラウスの個人的な内情を、尋ねたとてそう易々とこの老執事が答えるはずもない事はスティーブンもよく分かっているはずだった。
しかし逆説的に考えれば、ギルベルト が答えをはぐらかすという事は、やはりクラウスが教会に行きたくなるような「何か」があったに違いない。
ここ最近はアメリアの事にかかりきりだ。
クラウスの足が教会に向いたのは、事件の捜査で無いならば、きっと少女絡みの理由だろう。
「あの子は部屋に?」
「ええ。今はお休みになられています」
今朝方慌てた様子で少女を抱きかかえて病院に連れて行ったクラウスの背中は見ていた。
ストレスからくる体調不良だろうと踏んだスティーブンに対して、クラウスは「何かあってからでは遅い」と険しい顔で院長に連絡を取り、慌ただしく病院へ向かってしまった。
聞けば昨日、少女に付与されていた術式を解除したものの、解除後に何らかの影響が現れるのは避けられないという話があったそうだ。
クラウスが怖い顔をさらに強張らせて少女を抱きかかえて行ったのは、その事があったからだろう。
それにしても今朝のクラウスの慌てぶりは尋常じゃなかった。
彼は常に他者を気にかけ、身内の事となれば己の胃を痛めるほど心配する事もざらにある。
クラウスの中で、少女がただ「保護すべき対象」という枠に収まっていないのは前々から感じていた事だったが、ここに来てさらにそれを一層強くスティーブンは感じるようになっていた。
(憐憫の情──だけじゃ無い事は確かだ)