第19章 熱にうかされたふたり
「なんという事を......」
言うなりクラウスさんは私を抱きかかえて洗面所へ連れて行った。
口の中のものを吐き出すように言われ、すでに飲み込んでしまった事を伝えると、クラウスさんはカッと目を大きく見開いて絶句したまましばらく固まってしまった。
「私は、なんと酷い事を君に......」
言葉に詰まってしまったクラウスさんに、首を振って見せると彼はまた悲しそうな顔をする。
どうして?
互いに気持ち良くなっただけなのに。
誰だって抱く欲望を、解放させただけだというのに。
「酷くないです。私がしたいと望んだ事ですし」
「君は、もうあんな事をせずともよいのだ。教会に居た時と今は違う。...男を、悦ばせようとしなくてよいのだ」
その言葉に、ぐっと胸を押しつぶされそうになった。
私は、貴方のことを想って全て飲み込んだのに。
彼にはその気持ちは1ミリも伝わっていない。
「私が悪かった。ただ、口付けの代わりになればと、君にあんな事を始めてしまったが......それが君にどういう風に受け止められるのか、もっと深く考慮すべきだった。また、私は君を傷つけてしまった...本当に、申し訳ない」
謝罪なんていらないのに。
クラウスさんが謝れば謝るほど、私の胸は痛みで張り裂けそうだ。
分かっていた事だ。
彼が私に欲情して事を始めたんじゃないって事は、分かっていたはずなのに。
それでもどこかで、彼が私を求めてくれたんじゃないかと望んでしまっていた。
大きく膨れたクラウスさん自身を、私の手で解き放ってあげたら、彼も喜んでくれると思ってしまった。
全部思い違いだったと、クラウスさんが謝罪の言葉を口にするたび、その事実を突きつけられる。
今度は、私は自分の気持ちを飲み込むしかなかった。
──ごめんなさい、もうしません。
イタズラをして叱られた子供みたいな言葉を口にすると、クラウスさんの顔がようやく少しだけ緩んだ。
これでいいのだと自分に言い聞かせる。
彼が私に望んでいるのは、自分で食事が取れるようになる事。
それだけ。
彼が私の面倒を見るのは、同情や彼の強い正義感から。
それだけだ。
私が、それ以上のものを求めてはいけない。
そんな資格は私には無いのだと、自戒のように胸に刻み込んだ。