第19章 熱にうかされたふたり
「それと、私に“様”はつけなくていい。ただクラウスと」
「…クラウス……さん」
「敬称は必要ない。…が、君が呼びにくければ今はその呼び方でも構わない」
「…クラウスさん、確かにもう風邪をうつしてしまっているかもしれませんが……それでも私は今は貴方とキスは出来ません。これからの一回でうつしてしまうかもしれませんから」
「風邪が治るまで食事を取らないつもりかね?それに君は、水すらも口に出来ないというのに?」
「……それは……」
クラウスさんの言う通りだった。
彼とのキスを拒めば、私は何も口にすることが出来ない。
風邪がいつ治るか分からないし、食事はともかく水分を口に出来ないというのは、命に関わる。
「私の事は気にしなくていい。…スープが冷めないうちに済ませてしまおう」
ゆっくりと近づいてくるクラウスさんの顔。
受け入れてしまうのは簡単だった。
ただ目を閉じて待てばいいだけだから。
だけど、私の体は勝手に動き出し、こちらに近づくクラウスさんを精一杯腕で押し返していた。
もちろん私の非力な腕では、クラウスさんはビクともしない。
けれど、私が拒否の姿勢を見せたからか、彼は無理にそれ以上顔を近づけようとはしなかった。
「アメリア」
顔を見ても怒っているようには見えなかったけれど、クラウスさんの静かな声音は私に有無を言わさない力を持っていた。
「…ダメです」
それでも、私は腕に力を込めてクラウスさんと距離を取る。
半ば意地になっていたかもしれない。
時折クラウスさんが私の名を呼んで近づこうとするけれど、その度にぐっと彼の体を押し返すことを繰り返した。
しばらくそんなやり取りをしているうちに、先にクラウスさんの方が根負けしたようにため息をついた。
「……分かった」
クラウスさんはただそれだけ言うと、立ち上がってバスルームの方へ行ってしまった。
戻ってきた彼の手には、今度はスープボウルの代わりに洗面器があった。
そして真っ白なタオルとパジャマがクラウスさんの腕にかかっていた。
「ひどく汗をかいているようだから、ひとまず着替えを」
ギシ、とベッドの軋む音がする。
クラウスさんは私の隣に腰かけた。
「ありがとう、ございます」
「……手伝おう」
「あ……あの……」