第3章 God's will
長屋には食堂と炊事場、そして広い部屋が一つと、長い廊下の奥に個室がひとつあった。
広い部屋の中にはところ狭しとベッドが並べられていた。
数は12。
ベッドは小さく、子供用のものにも見える。
「ん?」
ダニエルは壁に、何かが貼られているのに気づいた。
「なんだ、これは」
12台それぞれのベッドのそばに、楽譜のようなものが貼り付けられている。
その楽譜は、擦り切れてボロボロのものもあれば、比較的新しいものもあった。
新しめの楽譜に目を凝らす。
楽譜の一番上には、番号と何かのタイトルのようなものが記されている。
──No.515 十字架の血に──
──No.50 みことばもて主よ──
「…なんだ、こりゃ」
「賛美歌、ですね」
長屋を調査していた別の警官がダニエルに言うと、ダニエルの顔が奇妙に歪んだ。
「賛美歌ぁ?」
「ええ」
「そんなもんなんで壁に貼るかね。寝ながらでも覚えろってか」
場所は教会だ。
賛美歌の楽譜があってもおかしくはない。
しかし、わざわざそれをひとつひとつのベッドに割り当てるように貼ってあるのには、ダニエルは違和感を覚えていた。
「ベッドが、小さいな。宿泊所にしては妙だ」
「この教会は孤児院を運営していたので、その孤児院の子供たちのベッドかと」
ダニエルの呟きに警官が答えた。
「孤児院? ……なら、その子供達はどこへ?」
呟いて、ダニエルの脳裏に異界人の遺体の下にあったちぎれた腕が浮かんだ。
「おいおいおい…冗談はやめてくれよ……?」
口元に手をあてながら、独り言つ。
ダニエルの顔には冷や汗が浮かんでいた。
(まさか、あの異界人が子供達を?)
いやな想像がダニエルの頭の中を駆け巡る。
「子供達の目撃情報は?」
先ほどの警官に問うと、彼はすぐさま首を横に振った。
「…ベッドの数が子供の数だとしたら、12人。いくらなんでも1人も目撃情報がないってのはおかしいだろ……」
不可解な遺体の状況に加えて、行方不明の子供達。
謎は深まるばかりだ。
いまだ見えない事件の全容にため息をつきつつ、ダニエルは長屋の奥の個室の捜査に向かった。