第3章 God's will
日々どこかしらで奇々怪々な事件が起こり、並みの人間なら精神が擦り切れちまうようなこのヘルサレムズ・ロットで、人々が『神』によりどころを求めるのも理解できなくもない。
荒んだ環境だからこそ、善き人であろうとするその姿勢は美しいものに違いない。
違いないが──
この一連の“慈善活動”の先駆けとされるドーナツ屋は、テレビに取り上げられたこともあって、その善意に感動した客が殺到し、売り上げは右肩上がりらしい。
そしてそのたったひとつの成功モデルを真似しようと、先ほどの洋服屋のように、無料で商品を配布する店が増えた。
(──結局、本当に心から“慈悲の心”で、なんてヤツはいねぇんだ。
下心なしに誰かに救いの手を差し伸べるやつなんざ……)
その時、ふとダニエルの頭に一人の男の顔が浮かんだ。
「……いや、いたな。下心なしで動くやつが」
ダニエルの脳裏に浮かんだ男は、眼鏡の下からのぞく鋭い三白眼をギラリと光らせ、口を閉じていても唇から飛び出すほど立派な下顎の犬歯を持つ男だった。
──クラウス・V・ラインヘルツ
ラインヘルツ公爵家の三男坊。
貴族のお坊ちゃんが、何故あちこちで起こる事件に首を突っ込みたがるのか、ダニエルには理解できない部分もあったが、これまで幾度となく彼の力を借りて事件を解決してきた。
外界とは違う、異界がらみの事件も多いこの街では、彼──クラウスとその仲間の特殊な能力が無ければ解決できない事件が多い。
ただ、その活動においては警察が看過出来ない活動があることも事実。
だからこそダニエルは表立って彼らに協力を仰ぐことはしない。
向こうも自分達の立場をわきまえているのか、表立って事を荒立てようとはしない。
「…今回の現場も奴らの手を借りる、なんてことにならなきゃいいが」
ひとり呟いて、ダニエルは吸っていたタバコを足で踏みつけた。