第16章 Virgin Mary of Hersalem's Lot
「すぐに施設に会いに行けるように、ミスタ・クラウスにお願いするわ。今日はずっとそばにいるから。さぁ、目をつむって」
ぐじ、と泣きそうなハンナの背をさすり、アメリアはハンナの額に優しくキスを落とした。
涙をこぼすまいと、ハンナは懸命に唇を噛んでこらえた。
そしてつとアメリアの顔を見上げる。
「……アメリア、歌を歌って」
「ええ、いいわよ。何の歌がいい?」
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「ではツェッド、この後の見張りを──」
病室から聞こえてきた歌声に意識がいき、私は言いかけた言葉の先を口にしないまま、病室の入り口の窓をそっと覗き込んだ。
就寝の時間となり、室内の灯りは消され暗闇が広がっている。
子供達もめいめいのベッドに収まって、室内はしんと静かだったが、ひとつのベッドの上だけ、先ほどまでひそひそと話声が聞こえていた。
歌声は、そのベッドの上から聞こえているようだった。
閉じられたカーテンの向こうに、二つの影が見える。
どうしてもミス・アメリアと同じベッドで眠るのだと言って譲らないミス・ハンナに、ミス・アメリアは今夜は二人で眠ってもよいかと私に許可を求めてきた。
そのような許可を取らずとも、誰も禁止したりはしないというのに、彼女は律義に私に伺いを立てた。
それも、教会での生活が影響しているのだろう。
そう思うと胸がキリキリと痛くなった。
ミス・アメリアを幾重にも縛る、教会の呪縛。
“儀式”無しに水すら口に出来ないほどの影響を及ぼしている過去から、一刻も早く彼女を解き放ってやりたい。
それは完全なる“善意”からくる思い。そのはずである。
だが彼女の事を思うほどに、胸の奥底がチリチリと熱を持ち始めるのは何故なのか。
“儀式”を行えば行うほど、彼女の全てを欲してしまうのは、何故なのか。
邪な考えがちらつく。
そんなはずはない。あってはならない事だと何度も自分に言い聞かせる。
彼女の前で、誓ったはずだ。
二度と間違いをおかしはしまいと。
どこか穢れた私の心を癒し、溶かすように、病室から聞こえてくる歌声に耳を澄ます。
決して大きな声ではない。
ともすれば微かなノイズにかき消されてしまいそうな歌声であったが、私の耳にはしっかりと届いていた。
──アメイジング・グレイスか。
