第16章 Virgin Mary of Hersalem's Lot
“儀式”は、“対価”の代わりの手段。
彼女が“対価”無しに食事を取れるようになるための、一時的な繋ぎでなければならない。
それなのに、クラウスの体は無意識のうちにアメリアの体を求めていた。
(これではいけない。彼女を守るどころか、私は──)
クラウスも一人の男である。
そういった欲が全くないわけではなかった。
しかし、日々命を懸けた戦いの中に身を置くクラウスにとって、そういった自身の欲望というものは後回しにされるものだった。
己で慰めることすら、普段のクラウスはしない。
そういった事に関心が向く時間がないのもあるし、他の事で発散されてしまうというのもある。
思いがけず訪れたアメリアとの触れ合いに、自分の中の何かが外れそうになっているのだろうと、クラウスは一人結論づけた。
このままではミス・アメリアを傷つけてしまう。
今まで以上に自分を律さねばならない。
唇を固く結んで、クラウスはアメリアに向き直る。
「……ミス・アメリア、私は君を……傷つけてしまうところだった。非礼を詫びよう。本当に申し訳ない。今後二度とこのような事をしないと誓う」
「顔をあげて下さい、ミスタ・クラウス。非礼だなんて……そんな悲しいこと仰らないでください」
「しかし」
「気になさらないでください。私、ミスタ・クラウスになら何をされたって平気です」
その言葉に、クラウスの中の何かが弾け飛びそうになった。
しかしクラウスは必死でそれを押し込める。
「そのような言葉を軽々しく口にしてはならない。君は──もっと、自分を大切にすべきだ。今の君は、教会にいた時とは違うのだ。……簡単に、自分を差し出してはいけない。自分を安売りする必要はないのだ」
「......安売り、なんて」
アメリアが顔を曇らせたのを見て、クラウスはまた謝罪の体制に入る。
強制されていたとはいえ、彼女は彼女なりに自分に科せられた仕事に何らかの矜持を抱いていたかもしれない。
「言葉が悪かった。君には自分を大事にして欲しい、私が言いたいのはそれだけだ」
「......はい」
アメリアは目を伏せたまま小さく答えた。
(──安売りしてミスタ・クラウスに身を委ねようと思ったわけじゃないけれど......彼には私がそのような人間にしか見えない事はよく、分かった──)
