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【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第16章 Virgin Mary of Hersalem's Lot




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アメリアの病室にクラウスが駆け込むと、洗面台で苦しそうにえづくアメリアの姿が目に飛び込んできた。

「ミス・アメリア、大丈夫かね」

クラウスは激しく上下するアメリアの背中をさする。
はぁはぁと肩で息をするアメリアは、今はとてもクラウスに返事が出来る状態ではなさそうだった。

「ミス・エステヴェスを呼んでこよう」

言ってクラウスがその場を離れようとすると、アメリアの手がそれを制した。
ぐっと腕を掴まれたクラウスは、病室の入り口に向きかけた体をアメリアの方へと戻した。

「……っ」

何か言いたそうに口を開きかけたアメリアだったが、再びこみ上げてきたものがそれを邪魔して、彼女はまた洗面台に顔を向ける。
胃の中にはもう何もないのか、洗面台に現れるのは胃液ばかりだ。

それでも彼女の体は、体の中の物をすべて吐き出そうとするかのように痙攣し続けていた。

クラウスは医学の分野に造詣が深いわけではない。
この場を専門家に任せた方がいいのは分かり切ったことだった。
けれど、クラウスは自分の腕を握りしめるアメリアの手を振りほどくことが出来なかった。

一人にしないで欲しい──そんな彼女の想いがそこに込められているようで、クラウスは何も出来ない歯がゆさを覚えながらも、アメリアの背中をさすり続けた。



しばらくすると、少しずつ状態は落ち着き始め、上下していたアメリアの体も静かに呼吸をするだけになっていた。

口をゆすぎ、ため息をついて、アメリアはようやく顔を上げた。


「……申し訳ありません、ミスタ・クラウス」

「何も謝ることはない。大丈夫かね?」

「ええ……」

クラウスに支えられ、アメリアはベッドに腰を下ろした。

その横に、クラウスも静かに腰を下ろす。

今朝とまるきり同じ光景に、二人の頭には“儀式”という言葉が浮かんでいた。

確かに、“儀式”は済ませたはずだったのに、何故今朝はうまくいかなかったのだろう。


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