第15章 対価の代用
それが分かっているからか、ミス・エステヴェスは決して急かしたり、何か口を出してきたりという事はなさらなかった。
ただじっと、横で観察を続けられている。
沈黙につぐ沈黙。
どちらかが動かねば、状態は膠着したままなのは全員理解しているけれど、動くに動けない。
そんな雰囲気だった。
チッ、チッ、と時計の秒針の音だけが響く。
このまま動かずにいたら、せっかく治療を引き受けて下さったミス・エステヴェスにも、協力を申し出て下さったミスタ・クラウスにも申し訳ない。
恥を忍んで、私から動こう。
そう思い、顔を上げた。
私が動いたのにつられて、ミスタ・クラウスも顔をお上げになった。
音がしそうなほどの勢いで目が合う。
やはりミスタ・クラウスの目はそわそわと落ち着かない様子だったけれど、私は勇気を振り絞って彼の手を取った。
そしてそのまま自分の頬に彼の大きな手を持っていく。
その手の温もりを感じようと、そっと目を閉じた。
ぴくり、とミスタ・クラウスの手が動いたかと思うと、ゆっくりと指が頬から耳をなぞり、そのまま緩やかに首筋へと降りていく。
ぞくぞくと背中に何かが流れた感じがして、くすぐったいその感触に思わず目を開けると、ミスタ・クラウスの目が少し細まったのが見えた。
チッ、チッ、と響く秒針の音。
それとドクドクと早くなっていく私の心臓の音。
その二つだけがやけに耳について聞こえる。
ミスタ・クラウスの手は私の首にあり、その親指だけがそっと私の顎を支えたかと思うと、くっと力を入れられて顔を上げさせられた。
静かに近づくミスタ・クラウスの顔。
迫る彼の唇、そこから覗く下顎の犬歯。
どこまで目を開けていられたのか分からない。
気が付いたら、ミスタ・クラウスの唇が触れて静かに離れていた。
教会での事を思えば、なんてことはないキスだった。
ただ唇が触れただけの、優しいキス。
けれど今までで一番、あたたかなキスだった。
私を見るミスタ・クラウスの目は、先ほどまでの落ち着かない様子はもう見られなかった。
ただ真っ直ぐに私を見ているその目に、今度は私の方が落ち着かなくなってしまう。
恥ずかしくなってきて、顔を下げようとする私を引き止めるように、またミスタ・クラウスの親指に力が入る。
「え……」