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【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第15章 対価の代用



私は自覚している。

私は、ミスタ・クラウスの事を人として尊敬する以上に、彼に好意を抱いている。

けれどその想いは叶わない事は、充分理解している。

想いを口にするのもおこがましすぎる。


そのまま私は押し黙り、自分の足元しか見られなくなった。
静かになった診察室の空気に気持ちが落ち着かない。


コホン、と小さな咳払いが聞こえた。
ミス・エステヴェスが私とミスタ・クラウスを交互に見て、頷かれた。

「…どうやら話はまとまったみたいね。それじゃお互い了承が取れたという事で、早速試してみましょうか」

横で私達の話を聞いていたミス・エステヴェスが、腰に手を当てながらそう宣言された。

話はまとまった……のかもしれないけれど、まさかそんなにすぐに始めるとは思っていなくて、私は驚いた顔でミス・エステヴェスの顔をまじまじと見つめてしまった。

「あら、二人とも驚きすぎよ? 治療を始めるなら早い方がいいでしょ」

「そう、かもしれませんが……今から、ですか?」

笑顔でミス・エステヴェスは頷かれる。
そしてその笑顔のまま、ミスタ・クラウスの背中を押して、椅子ごと私の目の前に近付けた。

膝と膝がぶつかりそうなほど近い距離になり、私もミスタ・クラウスも変な緊張からか、お互い固まってしまっていた。

大きな身体を丸め、ミスタ・クラウスは目を瞬かせている。
眼鏡の奥の瞳は、そわそわと落ち着かないようだった。

「ミス、エステヴェス……」

助けを求めるようにミスタ・クラウスはか細い声でミス・エステヴェスの名を口にし、視線をそちらに向けられた。

けれど彼女は笑顔のまま、さぁさぁ頑張ってとジェスチャーをして見せるだけで、治療を中断させる気は全くなさそうだった。

ゆっくりとまた私に視線を戻したミスタ・クラウスのお顔といったら、普段のご様子からは想像できないくらい可愛らしいものだった。
少し照れて困った顔をされているミスタ・クラウスに、胸の奥がキュッと音を立てた。


「……」

「……」


お互い無言のまま、時間だけが過ぎていく。

ミス・エステヴェスは少し距離を取ったところで、私達の様子を観察されている。

それがまた余計に羞恥心を煽るのか、ミスタ・クラウスの目はだんだん下へ下へと下降していった。

私もミスタ・クラウスも、治療に向けての心の準備が相当必要なのだと思う。

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