第2章 ヘルサレムズ・ロットの日常
*******
─ライブラ本部─
「──というワケでして」
「なるほどねぇ。だからザップのあの顔ね」
休憩から戻ったレオナルドから事情を聞いたスティーブンは、納得した表情で頷いた。
いつもなら、事務所に足を踏み入れるなりザップはクラウスに攻撃をしかけるというのに、なぜか今日に限ってはそんなそぶりを見せなかった。
日常の風景のひとつになっているそれが無い事に、スティーブンだけでなく他のライブラメンバーも少し気になっていたようで、レオナルドの説明を聞くともなしに聞いていた。
「直情径行のアホ猿らしいわね」
「いってぇ!! おま、毎回毎回俺の上に乗るなっつーの!!」
まるで透明人間が姿を現したように、ザップの頭の上にはいつのまにかすらりとした巨乳の美女が黒いスーツに身を包み、立っていた。
「チェインさん、どうしたんですかそれ」
『不可視の人狼』と呼ばれる種族のチェインが、こうやってザップの体を踏みつけて現れるのも日常の風景のひとつだった。
その彼女は、姿を見せるとほぼ同時に、テーブルの上にいくつもの箱を置いた。
「あ?なんだ?ドーナツか?」
「そうよ」
見れば、箱の上には数種類のドーナツのイラストが描かれている。
ザップが箱を開けると、部屋中に甘い匂いが漂う。
「オメーなぁ、なんでもおっぱいに脂肪がいくと思ったら大間違いだぞ? いくらなんでも買い込みすぎだろ」
ザップの指摘はもっともだった。
箱は全部で5つ。
その箱のすべて、ギチギチにドーナツがつめられていた。
今本部に詰めているレオナルド、ザップ、スティーブン、クラウス、チェイン。そしてクラウスの執事のギルベルトを含めても、確実に余る。
「買ったんじゃないわよ」
「あ?どういうこった。誰かの差し入れか?」
ザップが言うと、チェインは首を振った。
「そこのドーナツ屋の前を通ったら、押し付けられたのよ。持って行けって」
「なんだ、それ。あ、オメーさては自慢か? そのおっぱいに釣られたアホな店員でもいたってことか?」
「堂々とセクハラするのやめてくれる」
「いてぇなこの暴力女!!」
いつものように小競り合いを始めたザップとチェインをよそに、スティーブンの表情がかすかに険しくなった。