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【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第12章 対価



だけどこのまま自分で食べることも出来ない。

「食欲がないのかね?」

不思議そうな顔で尋ねるミスタ・クラウス。

まさか“対価”が無ければ何も口に出来ないだなんて、誰も思いもしないだろう。

ミスタ・クラウスは席を外すおつもりもなさそうだし、私が薬を飲むまで頑として譲らないだろう。

……この方を信頼すると、決めたのは私。

どっちにしたって、今後私達の話をする上で避けて通れない過去の話。

今話すか、後で話すかの違いしかない。

出来れば、こんな話をミスタ・クラウスにはしたくなかったけれど。


「……ミスタ・クラウス。私は、兄から受け取ったものしか口に出来ないのです」

「どういう、事だね」

「理由は分かりません。兄以外の人から受け取ったものは、どんなものでも戻してしまうのです。どんなに空腹でも、喉が渇いていても、駄目なのです」

「この水ですら、駄目だと?」

「はい……」

「これまでも、ずっとそうだったのかね」

「……ええ」

「そうなると、君の兄君を連れてこなければならないな」

「……もうひとつ、方法があるにはあります」

「どんな方法かね」

兄さんはそう簡単に見つからないだろう。
そうなるとこの方法の方が簡単に思える。

だけど、たとえミスタ・クラウスでも、この方法を試そうとはお思いにならないはず。

口にするのも恥ずかしい。
けれどどうか、ミスタ・クラウス。
私の事をおかしな女だと思わないでください。

本当に、この他に方法はないのですから。


「……私を、抱いてくださいますか」


その言葉を口にした途端、ミスタ・クラウスは動きを止めてしまった。

瞬きひとつせずに、ただ私の目を見ている。

きっと私の発言の意図を、お考えになっているのだろう。

「それは、どういう、意味だろうか」

「言葉通りの意味です。私と性交渉してくださいませんか。そうすれば、私はミスタ・クラウスから手渡していただいたものを口に出来ます」

「……すまない、あまりに突飛な話過ぎて理解が追い付かないのだが」

「そう、ですよね……おかしな事を言うものだとお思いでしょう。けれど、冗談でもなんでもありません。私は“対価”を支払わねば食事が出来ないのです」


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