第12章 対価
ひやりとしながらも柔らかなその手の感触に、クラウスは胸の奥を掴まれた気がした。
「そうか。私は体温が高い方でな」
「そう、なの……ですか」
「ああ。鍛えているからな。筋肉量が多いと人の体温は高くなるのだ」
「じゃあ……わたしも、きたえ、なくちゃ……」
変わらず弱弱しい声ではあったものの、クラウスの話に冗談を返せるほどには、アメリアの意識はハッキリとしているようだった。
運転席で二人の会話を聞いていたスティーブンは、緊迫した状況にも関わらずどこかのんびりとした二人の空気感に、毒気を抜かれてしまった。
──彼女は、まだ何か仕掛けるつもりかもしれない。
敵の懐に飛び込んで、中から崩壊させるつもりか。ライブラの事を探ろうとしているのか。
あの状況下で仲間であるはずの彼女だけ置いて逃げたところがどうにも腑に落ちない。
単なる仲間割れならいいが……彼女自身が向こうの仕掛けた中継ポイントとなる可能性は否めない。
今後彼女をどう扱うか慎重に見極めなければ……。
スティーブンの脳内では常に最悪の事態が想定されているものの、後部座席の二人のやり取りを聞いているとそんなことを考えているのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
クラウスはなんとかアメリアの意識を保たせようと至極真面目に話しかけているだけだと、スティーブンも分かってはいるものの、どうもこの状況下においての会話とは思えず、どんな顔をして聞いていればいいのやら困惑してしまっていた。
「おや、入り口にもう待機されているぞ」
スティーブンの言う通り、病院の入り口の前にはストレッチャーとミス・エステヴェスと十字の救急マークの入った防護服を着た者が2名立っている。
クラウス達の到着を待ちかねていたかのように、車が止まるなりすぐさま彼らはクラウス達の元へと駆け寄ってきた。
「ミス・エステヴェス、彼女を頼む。低体温症だ。それに左手に怪我をしている。癒着してしまっているのか、刃物を取り出すことが出来ない」
「了解。患者をストレッチャーに。後は任せて頂戴」
アメリアはクラウスのウエストコートにくるまれたまま、ストレッチャーに乗せられて病院内へと連れて行かれた。
クラウスとスティーブンも後を追うようにして、院内へと続いた。