第12章 対価
「ミス・アメリアは運がいいな。ここが浮上中に現れたんだから」
スティーブンが車を向かわせた先は、クラウス達が今までに何度も世話になっている病院だった。
──ブラッドベリ中央病院。
ニューヨークがヘルサレムズ・ロットになる前、大崩落以前は『ブラッドベリ総合病院』という名の病院だったのだが、大崩落以降、その病院は姿を変えてここヘルサレムズ・ロットと異界を行き来する唯一の病院として機能している。
この病院に勤めるルシアナ・エステヴェスとは、クラウスもスティーブンも、浅からぬ縁がある。
クラウスの執事であるギルベルトも彼女の手術を受け、今なおブラッドベリに入院中である。
「ミス・アメリア、眠ってはいけない。もう少しの辛抱だ。どうか目を開けていてくれたまえ」
「は、い……」
アメリアはガチガチと歯を鳴らし、体を小刻みに震わせ続けていた。
スティーブンも加減をして術を発動させたはずだった。
しかしあの場で捕えようとした三人に向けて放った血凍術は、何故かすべてアメリアに命中してしまっていた。
まるで彼女に吸い寄せられるように、氷の道はアメリア一点に集まっていった。
(やはり、彼女には何かある)
スティーブンは後部座席のアメリアをバックミラー越しに見やった。
クラウスはアメリアの体をさすり続けている。
ついこの間、降りしきる雨の中一人佇んでいた彼女の姿が、クラウスの脳裏に去来した。
ショーウィンドウの前で、ぼんやりと立ちすくむ、その後ろ姿が今にも消えてしまいそうなほど儚げで。
手を伸ばしてここに繋ぎ止めておかなければならない気がして、ならなかった。
今、クラウスの腕の中で震える少女も、クラウスが声をかけ続けなければ“生”を手放してしまいそうな様子だった。
「ミス・アメリア。この間君に進呈した洋服は、全て私が保管している。ひと段落したら、君に渡そう」
「あ、りがとう……ございます……」
弱弱しくも、笑顔を見せたアメリアにクラウスはそっと彼女の髪を撫でた。
触れた頬は氷のように冷たい。
「ミスタ……クラウスの、手、あたたかい……です……」
アメリアは震えながら、頬に添えられたクラウスの手に、自身の右手をそっと置く。