第11章 急接近
「くっ……!」
いけない、このままでは兄さんがミスタ・クラウスを操ってしまう。
今度こそ止めなければ。
そう思い動こうとした時、首筋にヒヤリと冷たいものが当てられた。
目だけでそれが何か探ると、刃物の切っ先のようなものが見えた。
「邪魔しないで。動けばどうなるか分かるでしょ」
「その声……リア……?!」
私の喉に刃物をあてがっているのは、リアだった。
後ろの席に座っていただなんて、全く知らなかった。
そこでようやく私はあることに気が付いた。
あの、幻術をかける異界人がこの店にいる事に。
刃物を取り出した人間がいるというのに、店内は先ほどと変わらぬ様子で時間が流れている。
誰も私達の様子をおかしいと感じる人はいないみたいで、店員さんも真横を通ったりしているのに、驚いた顔ひとつさえしない。
自分の想像力の足りなさが恨めしい。
あれだけ復讐に燃えていた兄さんが、私の言葉を聞き入れようとしなかった兄さんが、こんな簡単に改心するなんてあり得ない事なのだと、どうして思わなかったのだろう。
どうして兄さんの魂胆に気が付かなかったのだろう。
兄さんの狙いは、始めからミスタ・クラウスだったのだ。
「うぅ……」
「流石だな、ミスタ・クラウス。そう簡単に操らせてはくれないらしい」
あの列車の時とは違う。
ミスタ・クラウスは操られまいと必死に抵抗なさっている。
兄さんは身を乗り出して、ゆっくりとミスタ・クラウスの額に右手を伸ばし始める。
今なら、まだ間に合う。
もうあの時と同じ後悔はしたくない。
私は意を決して、喉元にあてられた刃物を左手で握りしめた。
鋭い刃先が手のひらに食い込む。
瞬間、カッと手のひらが熱をもったように熱くなった。
「熱っ!!」
何故かリアが刃物から手を離した。
その隙をついて、勢いよく兄さんに体当たりをした。
兄さんはダイナーの窓ガラスに頭を打ち付け、その手がミスタ・クラウスの元から離れた。
「クラウス!!」
店の入り口近くの席から、声が飛ぶ。
店内の視線が一斉にこちらに集まった。
声を上げた人物が私達の元に駆け寄ってくるのが見えた。
「イアン、逃げないと!!」
リアが叫ぶ。
「うっ……ああ……」