第11章 急接近
「もう知らない人じゃねぇだろ。ザップって俺の名を知ってるじゃねぇか」
「あなた、口がうまいのね。でも教えないわよ」
「つれないなぁ~。その重そうな荷物運んでやるから、教えてくれよ。何も取って食いやしねぇし。名前を知りたいだけだ」
「私こう見えても力持ちなの。気持ちだけ受け取っておくわ。さよなら」
「いやいや、ちょい待ち」
しつこく食い下がる男を無視して、その場から立ち去ろうとした。
だけど、いくら早足になっても、男も同じように歩くスピードを上げてついてくる。
一体なぜこんなにしつこいの?
そこではた、と思いついた。
もしかしたらこの男は、教会の関係者なのかもしれない。
ただのナンパを装って、私を、そして他の子達の事を探ろうとしているのかもしれない。
そうなるとこのまま隠れ家に戻るのはマズイ。
なんとかして撒かないと。
だけど、あちこち角を曲がっても、走っても、男はしつこく後を追いかけてきた。
「おーい、あんまりそっち行くなよ。あぶねぇぞ」
のんきに男はそんな事を言ってくる。
もっと人通りの多い方へ逃げればよかった。
店の中にでも逃げ込んで、警察でも呼んでもらえれば──いや、ダメだ。
変に騒ぎを起こして目をつけられるのもよくない。
イアンの計画がうまくいくまでは、下手なこと出来ない。
どうしよう。
どうやってこの男を振り切ろう。
そう思った時だった。
ふと、男の気配が消えた気がして、後ろを振り返った。
「えっ?」
先ほどまですぐ後ろにいたはずの男の姿は、ずいぶん離れたところにあった。
赤い細い線でぐるぐる巻きにされている。
男の隣には、触覚を生やしアクアグリーン色の肌をした異界人がいた。
赤い細い線はその異界人の手に繋がっているようだった。
「まったく、良い事をしたかと思えば、単なるナンパだったなんて」
「おい、魚人! ほどきやがれ! 俺様の恋路を邪魔すんじゃねぇ!!」
「恋路って……彼女、大層迷惑そうでしたよ」
「んなわけねぇだろ、あれは照れてるだけだ! なぁ、そうだろ?!」
遠くから、男が叫ぶ。
思わずぶんぶんと首を振る。
「ほら、迷惑なんですって。もう行きますよ」
異界人が赤い紐を引っ張って、踵を返した。
男はそれに抗うように、踏ん張っている。