第13章 エルヴィン・スミス
……スミスプロモーション。
この間、エミと恵子が話題にしていた No Nameの移籍先の事務所だ。
そこの社長さんだったなんて。
確かエミと恵子の二人は、社長さんのことを凄腕だとか言ってたっけ。
その話を聞いたときは年配の方かと思っていたが、今 目の前にいるスミスさんは若く見える。
30代後半くらいだろうか。
とても背が高くて ずっと見上げていると、首が痛くなってきそうだ。ガタイが良く、男性らしい。
金色の髪はわずかな光にも輝きを見せ、まるでサファイアのように透き通った碧い瞳は、知性を宿している。
……ギリシャ神話に出てきそう。
そんなことを考えていたら、支配人がコツコツと足音を鳴らしながら やってきた。
「スミス様、ハイヤーが参りました」
……結局 私と母は、スミスさんのご厚意に甘えることになった。
スミスさんは私と母を後部座席に座らせると、自分は助手席に乗りこんだ。
何から何まで申し訳なく、恐縮することしきりだ。
車中では、スミスさんと母がマーラーについて語り合っていた。
マーラーの熱烈なファンである母は、良き話し相手と出会って いつもより饒舌になっている。
「交響曲第5番」を語り尽くしたあとは「交響曲第1番」だ。
「巨人」を標題にしているこの交響曲は、ダイナミックで聴き応えがある素晴らしい処女作だ。
この巨人はギリシャ神話のタイタンではなく、ジャン・パウルの小説から名付けられたとかなんとか話す母とスミスさんの声を遠くに聞きながら、マヤは ぼーっと窓の外に流れるネオンを見ていた。
……ギリシャ神話か…。
スミスさん ギリシャ神話に出てくる神みたいだな…。なんだろ… 全知全能の神ゼウスかな… いやそれとも…。
そのとき、マヤは自分に向けられた言葉に気づいた。