第13章 エルヴィン・スミス
母が目眩がすると座席から動けなくなったときは、この先どうしようかと不安に駆られた。
とりあえずは目眩が治まるまで、安静にしているしかないか。
しかし終演した今、いつまでも ここに居る訳にもいかないだろう。
人を呼ぼうとしたが、母はすぐに治まるからと良い顔をしない。
困ったな… マヤが途方に暮れているとき、声をかけてくれた人がいた。
頼りがいのある穏やかな声は、先ほど「インテルメッツオ」の前でハンカチを落とした人だ。
彼は紳士的な態度で私たちに接し、バックヤードの控室で母が休めるように取り計らってくれた。
彼がレセプショニストにひと声かけると、奥から支配人が慌てて出てきた。
「スミス様」
彼は、そう呼ばれていた。
スミスさんが母をソファに寝かせてくれたあと支配人は部屋を出ていったが、すぐに医師を連れて戻ってきた。
医師の簡単な診察の結果、軽い目眩は疲労による一時的なもので心配は要らない、今は休養を取り、後日まだ目眩が引きつづき起こるようなら、受診するように…とのことだった。
支配人は、小一時間ほど ここで休憩してくださいと言い残し、医師とスミスさんとともに出ていった。
30分ほど控室で休むと母は顔色も良くなり、回復したのが見て取れた。
ゆっくり立ち上がると目眩もせず、歩いて帰れそうだ。
私と母が控室を出て支配人に挨拶をしようと キョロキョロしながら歩いていると、角を曲がってきたスミスさんに私はぶつかった。
「あっ! すみません」
「いや、お母様は もう大丈夫なのかい?」
「はい、お陰様で良くなりました」
「スミスさん…でよろしいのですね? このたびは ありがとうございました。休ませていただき、このとおり歩けるまで回復しましたので もう大丈夫です」
母はそう言い、頭を下げた。
「それは良かった。では お宅までお送りしましょう」
「!!!」
母と私は恐縮して遠慮したが、スミスさんはハンカチを拾っていただいたお礼だ、これも何かの縁だと言って譲らない。
そして終いには、私は怪しい者ではないから安心してくれと名刺を出し、自己紹介してくれた。
母と二人で覗きこんだ名刺には「株式会社スミスプロモーション 代表取締役/社長 エルヴィン・スミス」とあった。