第13章 エルヴィン・スミス
「お嬢さん、こんな話題は退屈かな?」
「いえ、ギリシャ神話を考えていました」
「……ほぅ?」
「スミスさんがゼウスみたいだな…と思ったんですけど、でもやっぱりアポロンかな?とか。芸能事務所の社長さんだし」
「はは、そうだね。音楽の神だからね アポロンは」
「はい。それに… 金髪碧眼の美男子です」
マヤは本人に向かって美男子だと言ったも同然だということを、言葉に出したあとで気づいて赤面した。
「ありがとう。では君は さながら美しい処女神…月の女神のアルテミスといったところだな」
「………!」
「君がアルテミスなら黒髪の美貌の狩人と恋に落ちるはずだ」
……黒髪の美貌の狩人… リヴァイさん…。
リヴァイを思い出したことなど おくびにも出さずに、マヤは会話をつづけた。
「オリオン座のオリオンですね」
「そうだ。アルテミスとオリオンの仲を良く思わなかったアポロンは、一計を案じ二人の仲を裂く」
「スミスさんが 私の恋を邪魔をすることになるんですね」
「そうなるね。君は私に邪魔をされるような恋をしているのかい?」
一瞬躊躇したが、明快に答えた… つもりだ。
「いえ、していません」
まもなくハイヤーは、マヤの家に到着した。
「またいつかコンサート会場で お会いすることがあるかもしれない。そのときは一杯つきあっていただくよ」
エルヴィン・スミスはそう笑いながら後部座席に移動すると、二人に一礼してから運転手に車を出すように命じた。
マヤと母親は ハイヤーが見えなくなるまで見送ってから家に入った。
「素敵な人だったわね、スミスさん」
お茶を淹れながら母がつぶやく。
「うん…」
マヤは何か心に引っかかっていた。
……アルテミスとオリオンの恋の話は一体なんだったんだろう。ギリシャ神話を持ち出したのは私だけど…、なんだか上手くスミスさんに話を持っていかれた気がする。
それに冗談のようでいながら、真摯な響きを声に感じた。
……でもスミスさんが私になんの関係があるっていうの。
マヤはそう思い直し、母に悪戯っぽい笑顔を向けた。
「お母さん、スミスさんに運んでもらってたとき顔が赤くなってたよ」
「あらやだ、マヤ!」
「ふふ、お父さんには内緒にしなくちゃね」