第13章 エルヴィン・スミス
今日は、楽しみにしていた「ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団」の来日公演に母と来ている。
ベートーヴェンの「レオノーレ序曲第3番」につづき、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」が演奏された。
マーラーの「交響曲第5番」に入る前に、20分の休憩がある。
母は席に残ったが、私はドリンクコーナーの「インテルメッツオ」にやってきた。インテルメッツオとは、オペラの間奏曲や幕間曲の意味だ。しゃれたネーミングねと、思わず微笑む。
あぁ、やはりサントリーホールは素晴らしい。「世界一美しい響き」は伊達じゃない。ヴィンヤード型の客席。全席がヴィンヤード…まるで葡萄の段々畑のようにステージを囲んでいる。ステージで紡ぎ出される美しく荘厳な調べは、観客である私たち葡萄を陶酔させ、完熟の実へと導く。
「インテルメッツオ」ではアルコールやコーヒー、サンドイッチなどを販売している。
私は未成年だから、アイスクリームを買おう。早く大人になって、クイッと一杯シャンパンでも幕間に飲めたら素敵だろうな。「かっこいい大人の女」みたいで。
そんなことを考えていたら、クソガキと呼ぶリヴァイさんの声が聞こえてくる気がした。
……ふふ。
リヴァイさんと一緒にいないときでも、こうして彼を感じることができて私は幸せだ。
そのとき前を通り過ぎた白いスーツの男性が、白いハンカチを落とした。
気づかずに行ってしまう。
マヤはハンカチを拾うと、男性を追い声をかけた。
「あの… これ、落とされましたよ」
その男性は、ゆっくり振り返った。
金髪碧眼の好男子。上背があり、白いスーツをビシッと着こなしている。
男性はポケットに手をやってから、深みのある声を出した。
「あぁ、ありがとう」
ハンカチをマヤから受け取りながら笑いかけた。
「お礼に一杯、ご馳走したいのですが…」
マヤは慌てて答えた。
「そんな! 拾っただけですから お気遣いなく」
「ふむ…。美しいお嬢さんとお近づきの印にと思いましたが、では またの機会に…」
「……ごめんなさい。失礼します!」
マヤは耳まで真っ赤になりながら、去った。
「……熟れる前の果実だな…」
エルヴィンは、マヤの背が見えなくなるまで目で追った。