第13章 エルヴィン・スミス
リヴァイが有ろう事か恋煩いで仕事にならないと、ハンジから聞かされてから一週間ほど経った 11月上旬の土曜日の夜。
私 エルヴィン・スミスは、サントリーホールの二階席RBブロックの最前列にいる。
芸能プロダクションという仕事柄、有りと有らゆるジャンルのチケットが贈呈されたり、入手に融通が利く。
今宵の「ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団」の来日公演は、取引先から贈呈されたものだ。
ペアチケットだったのでハンジを連れてきたが…。
開演まで10分ほど。
彼女は先ほどからオペラグラスで、客席の観客の観察に忙しくて、全く私の話し相手にならない。
「あれは不倫だなぁ、うん 間違いないね!」
「始まってもないのに、もう鼻ちょうちんとはね!」
…など ぶつぶつ独り言を言いながら、時折頭をかきむしっている。
……頼むから演奏が始まったら静かにしてくれ、何故 私は彼女を連れに選んだのかと忸怩たる思いでいると、
「エルヴィン!」
大声で呼ばれ、袖を引っ張られた。
「……なんだ ハンジ。場をわきまえて静かにしないか」
「それどころじゃないよ、マヤちゃんがいた!」
……マヤ、あのリヴァイの想い人か。
「どこだ、見せてくれ」
ハンジからオペラグラスを借りる。
ハンジの教えてくれた一階席の後ろから二番目の列に、マヤは母親と思われる女性と背すじを伸ばして座っていた。
艶のあるダークブラウンのストレートロングの髪。時折 隣の母親と何か小声で言葉を交わし微笑むその顔のみずみずしさに、思わず見惚れた。
「……ほぅ」
「おいおいエルヴィン。リヴァイに殺されるよ」
その言葉と同時に、オペラグラスはひったくられた。
その後開演し、驚いたことにハンジは完全なる淑女となり静聴していた。その堂々たる姿に、彼女を連れてきたことは間違いではなかったと知った。