第16章 眠らない街
……チッ…。
無理やり起こされた上に、人のデリケートな心の領域に デリカシーのかけらもなくズケズケと踏みこまれ、今日はろくでもねぇ一日だった。
もうすぐ日付が変わるが、どうせ眠れねぇ。
俺はどこかに飲みに行こうかと、当てもなく部屋を出た。
エレベーターがロビー階に到着し、カクテルラウンジ “Juniper Cocktail Lounge” の前を通りかかると、グラサンをかけた図体のデカいスーツの男が二人立っていた。
……あぁ… スティーヴンの奴が飲んでるのか…。
スティーヴン・タイラーがここで飲むときは、バーが必然的に貸切となって、出入り口にヤツらボディガードが立つ。
初めて出くわしたときは何事かと思ったが、もう慣れた。
俺がバーの中を指さし いいか?と訊くと、ボディガードの一人トムはニヤッと笑って中へ通してくれた。
奥へ進むと、クソ広い店内のバーカウンターのど真ん中にヤツは座っていた。
「……隣 いいか?」
俺を見ると、スティーヴンは顔を皺くちゃにしてうなずいた。
こうやって一人で飲むスティーヴンの隣に腰をかけるのは、この一か月で何回目だろうか。七回… いや八回か。
いちいち数えてねぇからわからないが、結構な回数 ヤツと酌み交わしている。
「よぉ… 来たな、リヴァイ?」
少し目元が赤い。
……おいおい、もう出来上がってんのか…。
俺はジン・トニックを注文した。
普段あんまりジンは飲まねぇが、ここに来たらジンだ。
店名の “Juniper Cocktail Lounge” が表すとおり、ここはジンが一番美味いバーだ。
ジンのこの独特な香りの元は、Juniper…ジュニパーベリー…によるものだ。そのJuniperを 店名に冠しているこの店には、世界中の有りと有らゆるジンの銘柄が揃う。
俺たちは しばらく黙って飲んでいたが、スティーヴンが急に顔を上げると訊いてきた。
「リヴァイ…、ちったぁマシになったか?」
「あ?」
「お前、忘れられねぇもん 抱えてんじゃねぇのか?」
「………」
俺がグラスの氷を見つめていると、スティーヴンはさらに言葉を重ねた。
「……女か?」