第16章 眠らない街
マヤに学生証を返したあと、俺は何かしようと考えていた訳ではない。
……何も 考えちゃいなかった。
きっと もう一度…、ただ顔を見たかったんだな…、マヤの顔を。
あのときの俺は、そんな己の気持ちなど気づいてはいなかったが、今なら… はっきりとわかる。
あのとき俺は、ただ単にマヤに もう一度会いたかったんだ。
学生証を受け取ったマヤが、俺に頭を下げ去ろうとしている。
……待て! 待ってくれ、行くな。もう少しだけ…。
そんな切ない想いとは裏腹に、気がつけば俺は マヤの腕を強引に掴んでいた。
嫌がるマヤ。
「何するんですか!」
……何するも何も、俺だってわかってねぇ。
ただ、お前を離したくなかっただけだ。
いつまでも他の学生の目もある通学路で話もできないだろうし、車でどこか離れた場所に行こうとしたが…。
乗車拒否され、名乗れと言うから名乗ったのにマヤは俺から去ってしまった。
あのときの虚しさ…。
今まで女から逃げることはあっても、女に逃げられたことなどなかった俺は立ち尽くすしかなかった。
……どうしたらいい…。
答えの出ないまま次の日も俺は、マヤの姿を求めて、彼女の学校に来てしまった。
……やべぇ。
これじゃ本当に ストーカーじゃねぇか。
俺が自分の行動に躊躇を感じていたとき、マヤが門から出てきた。
俺は咄嗟に、身を隠してしまった。
結局 マヤのあとをつけ、図書館の学習室まで押しかけた。
マヤに理由を訊かれ、暇つぶしだと答えた。
……そう答えるしかねぇだろ。
あのときは俺自身ですら、何故マヤに会いに行ったかなんて自覚しちゃいねぇんだから。
あぁ俺は、マヤと出会った瞬間からのひとこまひとこまを、こんなにもまだ鮮明に覚えている。
……エルヴィン、俺は本当に彼女を忘れることなんてできるのか?
青白い大きな月に向かってそうつぶやいたとき、誰かが近づくのを感じた。
振り向くと、ミケがのそっと立ってやがる。
「リヴァイ、飲みに行こうぜ」
「……あぁ」
俺はマヤの追憶から醒め、この眠らない街ベガスの酒場へミケとともに繰り出した。