第16章 眠らない街
LIVEは、無事終わった。
ハンジや出ていった女のせいで、始まりこそ気の乗らないものだったが、終わってみれば いつもどおりのパフォーマンスを発揮でき、俺の気分は高揚していた。
この興奮を気持ち良く俺の中に取りこむためにも、いつものルーティンどおりに屋上へ向かう。
少し風がある夜だった。はだけた胸元に当たって、気持ちいい。
空には… 青白い大きな月が輝いていた。
ふと俺は、屋上の景色に異変を感じた。
ここは、俺が俺であるための大事な場所だ。
それなのに、何か転がっていやがる。
その物体に近づいてみると、ひとりの女が寝ていた。
………!
長いダークブラウンの髪が、月の光を浴び艶めいていた。
幼さを残すその寝顔は、穢れのない美しさに満ちていた。
……月の女神が、夜空から落っこちてきたのかと思った。
俺はしばらくの間まじろがずに、その無垢な寝顔を見下ろしていた。
……動けなかったんだ。
全身が痺れたみてぇになって、ただ無様に立ち尽くしていた。
……今から思えば俺は もうこの瞬間にすでに、マヤに魂を奪われたのかもしれねぇな…。
俺は我に返ると、LIVE会場から出ていった紺色のロングスカートの女を起こした。
「おい」
何度か声をかけて、やっとマヤは目を覚ました。
寝起きで 何が起きているかわからない様子だ。
そして何やら弁解を始め… 俺たちのファンじゃないとかほざいたと思えば、逃げ出しやがった。
……チッ…。
マヤが寝ていた場所に、何か落ちている。
学生証だ。
モブリットかスタッフの誰かに渡せば済む話だ。
俺が届ける義理も義務もねぇ。
それどころか、届けに行くこと自体がすでにおかしいじゃねぇか。
下心のあるストーカーみてぇだ。
そんなことは頭ではわかってはいたが、俺は翌日、マヤの学校に足が向く自分を制止することができなかった。
正門の門柱にもたれかかって、ひたすらマヤを待つ。
やっと彼女が出てきたときの胸の高鳴りを隠すように、俺は低い声で呼びかけた。
「風丘マヤだろ」