第16章 眠らない街
LIVEのあと屋上でひとり風に当たるのは、昔からの俺のルーティンワークだ。
何故だろうな… LIVEで体に刻みこまれた熱狂が、屋上で空を見上げているうちに 心地良い記憶のかけらとなって俺の一部になっていく感覚に溺れる。
きっとルーツをたどれば、まだバンドを結成する前…。ガキだった俺が授業をサボって屋上で寝っ転がってばかりいたころの名残なんじゃねぇかと思う。
エアロのレジデンシーがおこなわれている パークシアターのあるパークMGMホテルには一般客が上がれる屋上はないが、俺はエルヴィンの計らいで、特別に配電盤などがある小さなスペースに上がっていいことになっていた。
バドワイザー片手に屋上に着いた俺は、いつもの柵に背を預けた。
冷たいバドを飲みながら、空を見上げる。
そこには青白い大きな月が、ぼぉっと浮かんでいた。
俺は何も考えずに、また一口飲んで月に見入る。
先ほどまで体の奥を駆け巡っていたLIVE後の独特の興奮が、ゆっくりと鎮まっていくのを感じる。
……あの夜の月も、こんな月だったな…。
俺は極力思い出さないようにしている女のことを、また考える。
わかっている、わかっているんだ。
忘れないといけねぇってことは。
エルヴィンの言うとおりで、あのまま当てもなく ただ会っていたところで仕方がない。
かといって彼女との関係が壊れるのを恐れた俺は、気持ちを告げることすらできない。
……気持ち?
そもそも俺は、本当に彼女を好きだったのだろうか。
今まで周りにいなかったタイプの純情な女だったから、その雰囲気にのまれちまっただけなんじゃねぇか?
彼女と会わなくなってから、一か月あまり。
エルヴィン、お前の命令に従って これまで彼女のことが脳裏に浮かんでも、忘れようと背を向けてきた。
だが今宵は、あの夜と同じあの月に免じて許してはくれまいか。
心のおもむくままに、彼女… マヤの追憶に耽ることを。