第15章 氷月
社用で新宿東宝ビルに入っているホテルに行った私は、その帰り 運転手を待たせて、花道通りを少し歩いてみた。
オフィスにじっと座っているだけでは、時代の風を肌で感じられない。
人間の欲にまみれた歌舞伎町で、アンテナを張り巡らす。
これもまた、芸能事務所などというヤクザな仕事で食っていく者が、抜かりなく世渡りしていくコツだ。
一昔前に比べて随分クリーンになったものの、まだまだ一本裏道に入れば、危険で犯罪も多い。
「姉ちゃん、ベッピンさんだね。あっちにイイことする場所いっぱいあるから行こうよ」
「結構です」
「そんなこと言わずにさぁ!」
「やめてください!」
声がした方に目をやると、年を食ったチンピラに女子高生が絡まれている。
……やれやれ。絵に描いたような光景だな。
そもそも こんな所に一人で制服で来るなんて、一体どういう子だ?
そんな興味もあって近づいてみると、思いきり私の知っている娘だった。
「私の女に、何か用かな?」
チンピラにドスの利いた声を浴びせると、こちらの顔をチラッと見るなり震え出し、逃げていった。
……失敬なヤツだな。
「……スミスさん!」
「やぁ、お嬢さん。こんな所で何をしているんだい?」
風丘マヤは私の顔を見るなり安心したのか、その琥珀色の大きな瞳に みるみる涙を浮かべている。
「……怖かったです…」
私は彼女を欲の街から、行きつけのフレンチダイニングに連れ出した。その店には個室がある。
彼女のためにプティフールとアールグレイを注文し、落ち着くまでしばらく待った。
そして頃合いを見てから、声をかけた。
「さて… 訊いてもいいかい? 君は何故あんな所にいたのかな?」