obsidian is gently shines
第15章 今日も今日とて
たっぷり二分は掛かっただろう。
「真っ昼間に聞く単語じゃないね?」
ほら、気付いて。という期待を込めて語尾をあげる。しかしてその反応は…
「何気ない日常の中でのエロス」
聞こえていない。全く響いていない。
『なに言ってんだ』的な単語と共に床に片膝をつくと、利き手である左手をぴたりとそわせるエルヴィン。もちろん、そわせた先は目の前にあるナナバの尻。
「エ~ル~ヴィ~ン~?」
上半身を捻り振り返って見たその表情は…
尻にその視線を注ぎながらも何処か遠くを見つめ、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。
(あ…)
こうなってはだめだ。
何を言っても届かないエルヴィンだ。
何故ならそいうゾーンに入ってしまっている。
(っ、もう…!)
口で言ってもダメならば…
ナナバは無意識に腕を伸ばす。
が、寸でのところで我に返った。何しろ自分は掃除中…ましてやしているのは拭き掃除。
幾らなんでもそんな手で触れるわけにはいかないと、伸ばした腕はそのままに指先だけをかるく振って見せる。
「はいはい、お楽しみ頂けたなら結構。
ほらまだ残ってるんだから」
当然"手をどかして"という意味のジェスチャー。だが…
「ああ、こっちもだね?」
しかしそこはゾーンに入っているエルヴィンだけあって、ナナバの言いたいことは届かない。
左のふくらみから、右のふくらみへ。
そわせたまま移動するエルヴィンの左手。
「っ!何してるの…!」
「左の次は右だ」
「あの…お取り込み中シツレイシマス」
「「!!!」」
「お三時はドウサレマスカ?」
さっと引いた左手で口元を覆い、大袈裟に咳払いを一つ。
「ごほん。いただこう」
「お二人とも紅茶でヨロシイデスカ?」
尻を隠すように床にぺたりと座り込み、真っ赤な顔で何度も頷く。
「んっ、うん!お願い!」
「お茶請けはマフィンにナリマス」
「ああ、いいね。美味しそうだ」
「私マフィン大好き!
紅茶にすっごくあうよね?ね?」
「それじゃヤイテキマス」
(どこから見られていたんだ…)
(うぅ…、は、恥ずかしい…!)
階段の中ほどから遠慮がちに覗き込んでいた一人娘。
彼女の不思議な片言でのお茶のお誘いにより、午後の珍事は驚く程あっけなく幕を閉じたのだった。