obsidian is gently shines
第11章 スミス家の日常
真正面からは顔が見えない。
セチアは万が一にもぶつかったりしないよう、二歩引いた距離でモブリットのサイドへと回り込む。
「う、ん。だいじょうぶ、かな?多分」
そう横目で答えながら、どこか落ち着き無さそうに指先をもぞもぞとさせている。
「少しください」
「え、そんな悪いよ。
もう帰るところだろう?」
セチアが手伝いを申し出てくれたことを瞬時に悟り、そしてすかさず断る。
「僕なら慣れているからね、大丈夫だよ。
ありがとう」
今度ははっきりとした口調で、大丈夫、と言い切る。
何しろ自分の上司の用事だ。直属の部下でないセチア、ましてや実動隊ではなく一事務員、仕事内容は極々一般的な内勤業務。
そんな彼女に手伝わせるのは申し訳ない…そう思ったのだろう。
「…ハンジ分隊長の執務室ですよね?
まだ距離がありますよ?」
確かに、彼女の言うとおりもう暫く歩かなければ、この書物を必要とする人の元には届けられない。
適度に広い敷地も、適度に広い建物も、こういう時には少々不便であるが…こればっかりは仕方ない。
「でも重いし」
少々困り顔で見返すモブリットと、
「ご迷惑おかけしないように、無理はしませんから」
どうにか手伝いたいセチア。
無理はしない。
この一言で、モブリットが折れた。
「う~ん…それじゃお願いしちゃおうかな?
ただし、見えるようになる分だけ。
上から5冊でいいからね」
「はい!」
「ごめんね、帰りがけに」
ゆっくりと片膝をつき、セチアが手に取りやすい高さに本をおろす。
一番下の分厚い辞典を、慎重に、もう片方の立てた膝の上に。決して直接床に置いたりはしない。実にモブリットらしい、その真面目さ。
「いえ、用事もありませんし、お役に立てるなら」
セチアは約束どおりに、上から5冊、モブリットの視界を確保するだけの本を手に取る。